第15回 死ぬまで追いつめるほど深刻になる必要はないと思います【ねるこさん】

第15回 死ぬまで追いつめるほど深刻になる必要はないと思います【ねるこさん】

2021.5.20 update.

横道誠(よこみち・まこと) イメージ

横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

ねるこさんは25歳、北海道在住。ASD(自閉スペクトラム症)を診断されている。

 

子どものころから困難を感じる場面は多かったものの、勉強ができたため、困りごとが目立たなかったという。「いま思うと、バッチリASDの特性だったと思うことはあります」と語る。「周囲の音声が気になって授業に集中できないとか、フラッシュバックが頻繁に起きるとか」。聴覚が過敏で、掃除機、ドライヤー、車の音などに苦しんだ。全校集会で疲れ、みんなの前からフラッと姿を消したことがあった。しかしそれは当たり前のこと、ほかの人も同じようなものだと考えていた。中学生のころから「私だけ違う?」と感じはじめた。

 

特撮ヒーローやアニメが好きだった。たとえば、武内直子原作の『美少女戦士セーラームーン』や、津田雅美原作の『彼氏彼女の事情』。レトロな嗜好があり、古い特撮に魅了された。初代『ゴジラ』が好きなほか、『ゴジラvsメカゴジラ』、『ゴジラvsビオランテ』などを見て、怪獣同士の対決を楽しんだ。『仮面ライダーBLACK』が好きで、主人公に憧れた。でも家の方針で、好きな特撮やアニメは1日15分ずつなど、少しずつしか見られなかった。

 

ほかには、小学生のころから江戸川乱歩の明智小五郎もの、「少年探偵団シリーズ」、赤川次郎の「三毛猫ホームズシリーズ」、はやみねかおるの「夢水清志郎」シリーズなどを読んだ。やはりレトロ嗜好があり、『赤毛のアン』は10巻すべて読んだ。『ナルニア国物語』も好きだった。私立の女子中学校を受験して、「『マリア様がみてる』の世界に飛び込めると当時は本気で思ってました」と笑う。今野緒雪の『マリア様がみてる』は、少女同士の情緒的な交流を描いた小説だ。

 

5歳から高校3年までピアノを習い、コンクールにもよく出ていた。「1日に4、5時間は弾いていました。ほとんど勉強とピアノとで生活が回ってました」。高校卒業後、コンクールに行くことも教室に行くこともやめたが、いまでも家で演奏する。ショパンのノクターンや、バッハの平均律クラヴィーアなどを弾く。

 

「学校生活から学んだことは」と尋ねると、「ひとつの答えが正解という教育はよろしくないと思う。いろんな子がいていいじゃんって」との返答。

 

小学生のころから教師が向いていると考え、教育大学に入った。活動的な研究室に所属し、忙しすぎて、バイトもなかなかできなかった。「朝の9時から夜の10時まで学校にいました。遅いときだと、日をまたぐことも普通にありました」。近くの小学校にボランティアの出前授業に行く、フィンランドの小学校を視察するなどの経験を積んだ。だが1年生の秋ごろから、だんだんと眠れなくなった。鬱状態に陥り、2年生から大学に通えなくなった。

 

その夏に初めて心療内科に行き、鬱病だと診断された。時間が経つと、自分の状況に慣れだしたものの、人がたくさんいる環境が怖くなり、少人数でないと講義に出られなくなった。1年留年し、病院が変わってWAIS-III知能検査を受けた。ASDがあり、その二次障害が起きたのだろうと診断された。大学4年生の2月だった。

 

時間を戻せば、小学高学年のとき、担任が休みがちで、教頭先生が代講することがよくあった。「先生の授業がとてもおもしろかったです、勉強になりました」と伝えに行くと感激された。教員を志望していると伝え、卒業後も連絡しあう仲だった。高校1年生になると、「いつか一緒に働こう」と声を掛けられ、大学3年生のときに「自分がいま赴任しているところで臨時教員になってほしい」と伝えられた。でも、ねるこさんの心のなかでは、大学在学中に、自分は教員としてやっていけないのではないかという不安が膨らんでいた。

 

卒業後の2019年の4月に、先方の希望に応えて赴任。しかし体調を崩して、同年の7月には退職してしまう。「それから数か月は家で死んでました」。家で療養し、SNSで出会った遠距離恋愛の恋人の家まで行って、救いを求めた。10月になると、「このままじゃダメだ」と考え、在宅でできる仕事を探した。落ち着いた先は、webライター。「人と関わりあうことが少ないから、向いていると想像していました」。でも取材をすると、人間関係が予想外に煩雑だと感じた。また「この記事、私が書く必要があるのだろうか。いまのままで、なりたい自分になれるだろうか」と悩むようになった。

 

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既存の記事を調査して、うまい具合にまとめていく。みんな似たり寄ったりの記事を書いている。自分もそのひとり。やり甲斐を感じられないことに苦悩し、2020年12月をもって休業することにした。書いた記事は、金融、不動産、webマーケティング、Google広告の使い方などについて。「知らないことを知って、楽しかったといえば楽しかった」が、ねるこさんには激務だった。自分自身の趣味に関連して書いた記事はあったのですか、と尋ねると、「ひとつもありません」と答える。

 

いま、ねるこさんは忙しかったこの1年半を振りかえっている。新しい仕事を探し、在宅ワークのアルバイトに採用された。「ASDがあると、ストレス対処が重要になってくると思うのですが」と尋ねると、答えは読書、ゲーム、音楽、運動など。

 

本はいまでも、江戸川乱歩、はやみねかおるがお気に入り。綾辻行人も好きになった。ゲームは「バイオハザード」シリーズなど、ホラーものを好んでプレイする。YouTubeでホラーゲームの実況を見て楽しみもする。ニンテンドー・スイッチを買って、乙女ゲーム『オランピアソワレ』に耽る。スマートフォンで、女子高生として男性アイドルを育成する『あんさんぶるスターズ!』や、弱小劇団でイケメン役者を育成する『A3!』をやって、夢見ごごちになり、キャラクターソングを聴く。ランニングマシーンを買って、毎日1時間半から2時間も走っている。

 

「それでも足りないと感じています」と話す。そこで私が「発達界隈で仲間と交流してみてはどうですか」と提案すると、「私としては、人間関係が豊かすぎると処理能力が飽和しちゃいます」と答える。発達界隈には近づけない。「私の友だちで発達障害者の人はリアルでは誰もいません。ネット上でもひとりだけですし、その人とも、鬱で繋がって、ネットだけの関係です」。ASDには環境の変化が怖いという特性がある。「是非とも繋がりたいという気持ちが湧かないのです」。それでも、自分のようなほかの当事者が「どうやって生きる術を身につけているのか知りたいです」と切実に語る。

 

ASDの特性と言えば強烈な「こだわり」。それについて問うと、「仕事をする上で譲れないのは、絶対に在宅ワークだけで完結するものでないとダメだということです」。その気持ちが、私にはよく分かる。いま強く思うことはありますかと尋ねると、「いつも我慢しているので、我慢をしすぎないようにしたいです。自分に嘘はつかないようにします」との答え。大事なことだ。「お金がない、死にたい、と思うときもあります。でもプライドさえ捨てれば、国の制度やさまざまな手段が助けてくれる。死ぬまで追いつめるほど深刻になる必要はないと思います」。

 

ねるこさんは、障害に屈することなく、しぶとく生きのびようとしている。

(横道誠「発達界隈通信!」第15回了)

 

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