第14回 『みんな水の中』以後の日常

第14回 『みんな水の中』以後の日常

2021.5.18 update.

横道誠(よこみち・まこと) イメージ

横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
2021年5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

地知体「地球外知的生命体は長すぎるから、地知体(ちちたい)と略すことにしよう」

水棲人「いいね。がぽぽ」

小さな過集中「何が始まったんだ⁉︎」

自モ「著者の構成要素に対話させるという試みです」

小さな過集中「自モってなんだよ?」

地知体「自己モニタリング機能。流体金属でできたバクの姿をしているんだ」

水棲人「主人格が地知体と私。がぽ。副人格が自モと過集中とうごく動物園とシダ植物」

うごく動物園「(エサの草を食べながら)もぐもぐ」

水棲人「おいしそうだね」

小さな過集中「これがみんな私なのか」

地知体「『みんな水の中』を読んでみてよ」

シダ植物「(光合成しながら)キラリラ、キラリラ」

 

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自モ「今回は対策会議です」

小さな過集中「なんのだ?」

希死念慮「おれは元気いっぱいだがなあ」

過食「ぼくは働きすぎ」

アルコール依存傾向「おらも」

性欲「私はいま滅亡しかけてます」

地知体「過食、アルコール依存傾向、性欲は希死念慮に屈服したと言える」

うごく動物園「ぶおろろろろん」

水棲人「がぽぽがぽかぽぽ」

自モ「うごく動物園は大混乱。水棲人も混乱気味です」

地知体「とりあえず、希死念慮にもう少しおとなしくしていてほしい」

水棲人「料理をしていて、がぽぽ、いつも包丁を首に突きたてるかどうか思案するのが辛い」

希死念慮「ぜんぶオレが悪いってのか」

大きな過集中「(乾いた声で)そんなに煽るなよ」

うごく動物園「ぶひぶひ」

地知体「(溜息を吐いて)小さな過集中が大きな過集中に切りかわったら、良いことないと思うな」

小さな過集中「(元に戻って)すまん」

自モ「冷静に調停していきましょう」

 

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地知体「まず過食をなんとかしよう」

過食「やはり夜に食べ過ぎですよね」

地知体「無理に減らしても反動が来るから、朝は食べないことにする」

自モ「朝にちゃんと食べないのは心配だけど」

うごく動物園「おろろーん、おろろーん(涙)」

水棲人「このやり方で前に成功したことがあるから、またやってみるのはいいね。がぽぽぽ」

うごく動物園「おろろーん、おろろーん(涙)」

水棲人「そしてアルコール依存傾向。がぽ」

アルコール依存傾向「ギクリ」

地知体「やはり無理に減らそうとしても失敗するか、別のとこに反動が来る。寝る時間を早めることで、深酒できないようにしよう」

うごく動物園「おろろーん、おろろーん(涙)」

自モ「一日の時間配分を変えることで、生活習慣を整えなおすのは、良い手だと思います」

水棲人「早寝早起きを習慣づけることで、がぽぽぽぽぽぽ、痛々しい過去の記憶に悩まされる時間が減る可能性もあるかなと」

小さな過集中「そんなにうまく行くかね」

地知体「やってみるのが大切。当事者研究は日常での実験を計画して終わる」

小さな過集中「死は最後の切り札だ。希死念慮さんにはもう少しゆったり構えていただかないと」

シダ植物「(光合成して)ムパムパ」

希死念慮「けっ」

地知体と水棲人「主人格の私たちが別の何かになったら良いんだろうね」

大きな過集中「ディドロが『ダランベールの夢』に書いてた木星や土星の「人間ポリーブ」。切断されても分裂増殖する新人類!」

水棲人「また大きくなってますよ」

うごく動物園「グキャケコクコ!」

小さな過集中「面目ない」

 

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地知体「18世紀のヨーロッパは魅力的だね。近代的世界観が確立されつつあるのに、あちこち幻想文学的で」

小さな過集中「現実と魔法のあいだを生きるASD者には向いてるのかも」

水棲人「さて、それでは合体してみようか。がぽぽが」

自モ「私がもっと強力になったようなものが必要です」

水棲人「スキーマ療法でいう「健全なおとなモード」」

希死念慮「オレにも優しくしてくれんとさ」

地知体「死を何度も感じさせてくれたからこそ、私にできたことはいろいろとあると思います」

小さな過集中「だからたんなる厄介者と思わないほうが良いのかもね」

過食「ぼくたちの扱いも」

アルコール依存傾向「ちょっとザツだと」

性欲「思います」

水棲人「ごめんよごぽぽ」

自モ「全体の構成要素を、どのように再編しますか」

地知体と水棲人と小さな過集中とうごく動物園とシダ植物「まず主人格とほとんどの副人格を統合する」

 

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空飛ぶ水のかたまり「(合体して)こんなふうになるのか」

希死念慮「ごちゃごちゃいたのが、随分さっぱりしたな」

空飛ぶ水のかたまり「私は興味の対象に徹底的にのめりこむ。しかし、こだわりの特性とときには妥協することができる。感覚過敏を謳歌している。たとえば、水、自然風景、宇宙の神秘に心を開くことができる。他方で感覚過敏に由来するストレス対処ができる」

希死念慮「強そうじゃねえか」

空飛ぶ水のかたまり「私は他者と繋がることができる。自助グループや当事者研究会という「第三の居場所」(サード・プレイス)を確保している。少数派の自分たちを肯定的に受けとめている。自分たちの仲間で未熟なものに寛容でいる。大多数の側も肯定的に受けとめる。信念を持ち、公平や正義のために行動する。多数派と少数派の側を往復できる......」

希死念慮「往復できなくても社会の側が悪いんじゃねえかな」

空飛ぶ水のかたまり「他者の考え方を傾聴し、その内面性を洞察できる。自分の特性を把握して、さまざまなことに対応できる。自分の能力を超えることに関しては、支援を求めることができる。社会に対して怨恨を持っていない......」

希死念慮「怨恨を持ったとしても、社会の側が悪いんじゃねえかな」

空飛ぶ水のかたまり「社会を変えていくように運動する」

希死念慮「それで?」

空飛ぶ水のかたまり「私はこれまでよりも強くなった。だから引きさがってほしい」

希死念慮「まあ、いまはそうかもしれねえな。でも一時的なもんだろ。また分解してしまうに決まってる」

空飛ぶ水のかたまり「おそらく、そうだと思う。でもいまは強く、いまを凌げている」

希死念慮「依存症の自助グループでよく言われる「今日一日」か」

空飛ぶ水のかたまり「そうだ。その場凌ぎでも、その場を凌げているということには、大きな意味がある」

希死念慮「じゃあ少なくとも、おまえは少なくとも今日一日は大丈夫なんだな」

空飛ぶ水のかたまり「そうだ」

希死念慮「おまえらもほんとにそうなのか!」

過食「今日一日だけなら我慢します」

アルコール依存傾向「暴飲はしなさそうです」

希死念慮「性欲はどうなんだ」

性欲「おどおど」

空飛ぶ水のかたまり「そっとしておけば、しかるべきときになんとかなると思うよ」

希死念慮「ちっ」

空飛ぶ水のかたまり「ということで、また後日にでも来てくれ」

希死念慮「来てもいいのかよ」

空飛ぶ水のかたまり「イヤだといっても、来るんだろう。そのときはまたそのときで、対処する」

希死念慮「そうしていつまでも「今日一日」の世界かい」

空飛ぶ水のかたまり「それは分からない。人生はある時期にはぐいっと大きく変わるから。以前は毎日のように死を思うなんてことはなかった。またそのような日々が来る可能性はある」

希死念慮「そうか。じゃあまた来るぜ。たぶん明日にでも」

空飛ぶ水のかたまり「分かった。また会おう」

 

                

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【追記】上の文書を作成した日から10日ほど経った現在、飲酒量は1/3に低下した。過食傾向もやわらいだが、劇的なものではない。性欲はほとんど変わっていないように感じる。特筆すべきは、希死念慮がほとんど消滅したことだ。料理の際に包丁を握っても、それで喉を突き刺そうかどうかと悩まなくなった。いまでは、そんなことを考えること自体が怖い。逆に言えば、この文書を作成するまで、そのようなことを感じないくらい心が麻痺していた。「対話」と「物語」の力を今後も探究していきたい。

 

(横道誠「発達界隈通信!」第14回了)

 

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