第8回 放デイのイケメン列伝

第8回 放デイのイケメン列伝

2020.11.24 update.

中山求仁子(なかやま・くにこ) イメージ

中山求仁子(なかやま・くにこ)

2017年から18年まで、神奈川県のとある放課後等デイサービスの管理者として勤務。自身も幼少期から横綱級ADHDであり、現在は双極性障害も発症している。
大阪大学文学部美学科音楽演劇学コース卒業。高校時代よりモダンダンス、大学入学と同時に小劇場演劇を始める。2001年退団以降、人生自体が演劇のような双極 I 型ジェットコースターライフを送っている。韓国映画と韓流ドラマをこよなく愛す。

 

■赤いチューリップと破れた絵本

 

 カンファレンスが終わって、今日のプログラムの流れと送迎を確認すると、少し時間が余った。このあいだトモコちゃんが壁にクレヨンで描いた赤いチューリップを、宮野さんと高島さんが拭きはじめる。

「取れないねぇ」

 宮野さんがゴシゴシするが、完全には取れないようだ。

あの日、大きな赤いチューリップは、あっという間に、壁三面に咲いていた。トモコちゃんが大好きな、いつものチューリップだった。

 

 我が放デイあおぞら園は、夏の初めに引っ越しをした。一度開園を許可した自治体に、市街化調整区域に建物の一部が入っていると言われ、大きなプールをつくれる場所から民家へと引っ越しをすることになった。

 真新しい白い壁に、トモコちゃんはチューリップを描いた。「壁には描かないでね」とみんなとお約束していたが、3日でお約束は破られた。

 

 子どもたちとする約束って何だろう。大人から子どもたちへの約束と、子どもたちにとっての大人との約束は、なんだか違う。そのこととどう向き合うか、違わないことにしていくためのかかわりあいを工夫していくことは、いろんな意味でとても難しいことで、ひとつひとつ、信じて了解していろんな伝え方をしてみて……という延々とした営みだ。

 

 赤木さんがトルストイの『おおきなかぶ』の絵本を取り出して、破れたページにセロテープを貼っている。

「これ、誰が破ってるの?」

「シュン君かなあ。まだ破れたところ、あった?」とパソコンに入力していた私。

「うん」と赤木さんがビーッとテープを出している。『おおきなかぶ』は破れたページだらけだ。

 

 小2の特別養護学校に通うシュン君(第2回登場)は、お母さんがお迎えの日、お気に入りのこの本をペラペラとめくっている。掃除をしながら私は、ひとり残ったシュン君の様子を見ているが、ときどきシュン君は破っている。いろんな意味でわざとだと思う。

 掃除が終われば、小さくてふわっと軽いシュン君を膝に乗せ、『おおきなかぶ』を読む。お母さんが待ち遠しいとシュン君は口にはしないが、羽毛のように軽いお尻とうすく柔らかな唇がそう言っている。

 

■なぜこんなにイケメンぞろい?

 

「ねえ、レオ君こないだ、たいへんだったって?」と宮野さんが、色鉛筆とクレヨンをそろえながら言う。

「交流級のこと?」と高島さん。

「ああ、あれね。“インクルーシブにも事件あり”、ってことかなぁ」と赤木さんが、『おおきなかぶ』を本棚に返しながらボソッとつぶやいた。

 

 この事件については、『精神看護』(医学書院)の2020年11月号にも書いたのだが、いつもは特別支援学級で過ごす小3のレオ君は、音楽や図工、体育のときに、いわゆる定型発達の子どもたちのクラスと交流する。しかしそのクラスでは、「レオ君、かっこいい♡」と女子がトキメいて、たいへんなことになっていた。

 小3といえば女子の世話好きも板につき、同時に精神的な発達が追いついた男子がやっと女子に対抗できる時期である。

 

 その頃、レオ君は青色が気に入っていて、帽子もTシャツも持ちもののほとんどが青色に染まっていた。

 ある日、クラスに体育で参加したレオ君は、青いマットに魅かれた。「このマットで運動したい」とレオ君が伝えると、女子はもちろん「いいよ、いいよ、レオく~ん♡」と言った。が、常日頃の女子の異常なレオ君びいきに、男子はとうとう反対声明を出す。

「レオ君だけ特別扱いはおかしい! レオ君もぼくらと同じ白いマットで運動すべきだ!」

 

 しかし女子たちは、「いいじゃないの!」と頑としてレオ君の特別待遇を変えようとはせず、両者に一触即発の緊迫が走った。間に挟まれたレオ君はどうすればよいのかわからなくなり、気づいたら体育館の壁づたいにピョンピョン飛び跳ねていた、という事件だった。

 ピョンピョンは、放デイに帰り、模造紙いっぱいに絵を描いて、「困った~」を吐き出したことで解決したが、その後のレオ君のクラスとの交流に心配の影が走った。赤木さんが言うように、インクルーシブな現場でも、さまざまな出来事が起こるのである。

 

 実際レオ君はイケメンで、「人手がないから」と嘆く母(私)に引きずられてバイトに来ていた我が息子(大学1年生)も、「できることなら顔面変えてほしい」と言うほどだった。

 しかし驚くことに、我が放デイのイケメンはレオ君だけではなかったのである。あの子もこの子も、角度を変えればあっちの子もこっちの子も、みなイケメンと美少女の集まりなのである。これはどうしたことか。

 

■キラキラボウリングでフラフラに

 

 我が放デイあおぞら園はチェーン店で、近くにもいくつか系列の放デイがあり、ボウリングの対抗戦や音楽療法などで交流をしていた。

 

 しかし何かにつけてあおぞら園は、利用者数が少ないがゆえに肩身が狭く、しかも子どもたちはなぜかひ弱く、協調性もなく、他の放デイに行っても好きなことをしにふらふらとどこかに行ってしまう性質があった。すると利用者数で勝る他の放デイのマッチョな管理者が怒鳴る。

「こら、あおぞら!」

 子どもたちは、常日頃怒鳴られることにも慣れていないから萎縮する。しかし、「うちの子に怒鳴らないでください!」と強く言うことがどうしてもできず、私はずっともやもやしていた。

 

 ボウリングに行っても、なぜか弱小なのである。隣のレーンで、ひまわり園の男子たちがストライクを連発しているのに、こちらのレーンではガーターばかり。呆れられ、ガーターに絶対ならない端っこのお子ちゃま用レーンをいつも当てがわれていた。

 それでも子どもたちはボウリングが大好きで、本当にストライクが出ると信じてボールを投げるのである。そして、ガーターになったときは肩をガックリ落として、本当に落胆するのである。

 

 悲しくておかしくて見ていられない。と同時に、このボウリングの付き添いは、たいがい大仕事で、体力仕事なのだ。

 

 まず、彼らはたいていボールをひとりでは持ちきれないので、下から持って支える。その前に、彼らはなぜかボールを拭くとよくレーンを走ることを知っているので、「よく拭いて」と言う。支援員はボールをごしごし拭いて、レーンの真ん中までふたりで持っていき、一緒にボールを投げるのだが、これはあくまで本人が投げているようにアシストしなくてはならない。投げるときに決して主導してはいけない。方向を決めてはならない。

 

 投げ終わったら、「よし、いくぞ、いくぞ、いくぞー!」と連呼し、レーンからボールが外れたら、「あー、惜しい!!」と天を仰ぎ、両手で顔を覆って、落胆の表情を演じておおげさに飛んだり跳ねたりする。それから落ち込んだ彼らの肩を抱き、ソファへと導く。そのとき「次はだいじょうぶ!」とひざまずき、ボクシングのレフェリーみたいに目を見て言うのも忘れない。

 

 その一連の動作をひとりにつき10回延々と繰り返す。放デイで支援したほうが何倍も楽である。最初は、本気で彼らの浮き沈みに同調しているのだが、サービスデーに回数券で月イチ通うようになると、さすがに同調も演技もマンネリ化してくる。

 

 しかし彼らは飽きない。スコアはまるで関係ないし、ただボウリングが楽しい。ボールを投げる一瞬一瞬に輝いている。キラキラしている。

 連続ガーターを更新しても、帰りにはまったくめげずに、「また来たいなあ」と言ってるし、満足気だ。こちらは彼らの靴をカウンターに返して車にたどり着いたころにはヘロヘロだが、その顔を見ると「また来ようねー!」と言ってしまっている。

 

 ひまわり園を見返してやろうと「ったく、んだよ、見てろよ! ひまわり」と勢い込んで回数券を買ってしまった後悔は、彼らの顔を見ると、なぜだか消える。

 

■超性格イケメン、リョウ君

 

 ところで、たいていボウリングは土曜日のイベントだったので、平日利用の高2のリョウ君(第2回登場・Kinki Kids好き)は参加できなかった。だが夏休みのある日、お母さんに「ボウリング、おもしろいですよ」と勧めてみると、「参加させます」と答えが返ってきた。

 

 今までは小さい子向けのあどけないボウリングだったのが、その日は様子が違っていた。リョウ君とカイ君(第6回登場・食べ物大好き)が参加したことで、その日のボウリングは今までにない事態に見舞われたのである。

 

 リョウ君は自閉症で大きな音が苦手だ。中3のカイ君も自閉症で、何かのモノ(対象はそのときにならないとわからない)が気になるので、ボウリング場の何が彼の視界で輝くのか、それは誰も予測できなかった。

 

 リョウ君は長身で力もあるのだが、最初はレーンにボールを置くだけで帰ってきた。「投げてよ」と言うと、やる気のない様子でコロコロッと投げていたが、そのうちマジに投げれるようになった。力があるからストライクも出すようになった。

 はじめは音が気になって「あーれー」と言いながら耳を押さえ、どこかに逃げようとしていたが、途中で棄権することもなく投げ通したし、帰りにはすっきりした顔をしていた。

 

 カイ君も長身からボールを投げていたが、それがどういうゲームかは彼の関心の外にあった。彼の関心は、スコアのタッチボードにあった。支援員が目を離したすきに、カイ君はタッチボードに勝手にタッチしてしまい、みんなのスコアが変わったり、係員の人がたびたびやってくるようになった。その日のボウリングは嵐のようだった。

 

 ところで、このリョウ君。超性格イケメンで通り、誰からも愛されていた。ニキビだらけの青春真っただ中なビジュアルなど、まるで本人は気にしていないそぶりだったし、気にする必要もなかった。しかし、ある日、晴天の霹靂(へきれき)が起こったのである。

 

■美少女アイラちゃん登場!

 

 秋になってから、高1のとても可愛らしい女の子が入ってきた。アイラちゃんというその子に、リョウ君は一目惚れしてしまった。

 

 しかしアイラちゃんは、イケメンが大好きだった。頭の中にはドラマのイケメンのことしかなかった。支援員にイケメンのことだけを話し続けた。アイラちゃんが語り続ける俳優を、支援員たちは必死にスマホで探して「ああ、なるほど」と言うが、どうもついていけない。イケメンで盛り上がるとあおぞら園を利用するが、盛り上がらないとアイラちゃんは当日キャンセルになるので、スケジュールが立たなくなる。

 

「なぜあんなにアイラちゃんは、イケメンのことだけを考えてるんだろう」と考える。そのわけを探ろうと、授業参観に出かけてみた。

 

 教室に入ると、アイラちゃんは紙を貼り合わせてリモコン入れをつくっていた。先生のところに持って行くと、「紙を貼る順番が違うわ。ちゃんと聞いていなかったでしょ」と怒られた。アイラちゃんはしょぼんと机に座り、貼ってしまった紙をどうすればいいのかわからず、ぼーっとしていた。

 

 なぜだか胸が締めつけられた私は、「こうなったら、イケメンのことをがっちり固めて、アイラちゃんが毎日来たいようにして、それから少しずつ楽しいことを一緒にやっていけばいいじゃないか!」と心に決める。

 

 まず、我が息子をレギュラー支援者として送り込む作戦開始。息子はアイラちゃんからなんとかイケメン認定が取れたらしく、一緒にドリルなどに取り組んでみたが、ドリルはまるで進まなかった。「フフフフ♡」と見つめられ続け、どうにも息苦しくなって、息子は3日ほどであえなく降参した。

 

 次に私はコンビニに行き、40年ぶりくらいに『明星』なる雑誌を買った。この雑誌で基礎知識を得、円滑なコミュニケーションをするのだと意気込んだが、しかし、明星は昔の明星とは違った。タイトルも『Myojo』になり、まるでイケメンのただのカタログのようで、パラパラとめくっているうちに私はめまいを覚えた。ページを繰れば繰るほど、登場するイケメンがまるでイケメンに見えなくなっていったからだ。

――ああ、誰が誰だかさっぱりわからない。

 私は思わず、「こんなことなら、こんなことなら、あおぞら園の子どもたちのほうが、ずっとイケメンだー!!」とこころで叫んでいた。

 

 ある日の帰りの会。赤木さんのいつもの読み聞かせが終わり、「では、帰りましょう」となったところで、「カバンがない」とアイラちゃんがキョロキョロ探している。

 するとリョウ君が、アイラちゃんのピンクのリュックを、優しく、アイラちゃんの目の前に両手でそっと置いたのである。

 みんな目が点になり、沈黙が訪れる。

「えー、恋???」

 と、支援員全員がこころで叫ぶ。

 小学生たちも不穏な顔をしている。

 

 リョウ君は、アイラちゃんを一瞬見て、すぐに向こうを向く。そして、お父さんが刈ってくれた高倉健みたいな頭をかく。やがて「いやあ、困りました。バッター鈴木!!」といつもの野球中継の再生を始めたのである。

 笑いと驚きがないまぜになって、支援員が悶絶する。

 

 それからも、リョウ君のかわいいアプローチは続いたが、アイラちゃんのこころはどうやらトキメかなかったようだ。こちらのイケメン計画も思うように進まず、話が満足にできないからか、残念ながら、アイラちゃんは利用しなくなった。

 

 リョウ君の初恋は、風に吹かれるように終わった。

 

■春の日差しのような瞳に射抜かれて

 

 この話には後日談がある。

 

 ある日、カイ君のリュックが見当たらなくなったとき、またもリョウ君が見つけてカイ君に渡した。そのときリョウ君はリュックを「ほらよ」と投げやりに放った。アイラちゃんのときとはまるで違うリョウ君に、高井さんは「あらー。リョウ君。高井さんはちょっと残念。カイ君はルームメイトなんだから、もう少していねいに渡してください」とつぶやいた。

 するとリョウ君は「あ、いけね。やっちまった」という顔をして頭をかいたのだ。性格イケメンにも裏の顔あり。

 

 実は、一緒に暮らしていると、イケメンも美少女も、いなくなる。

 

 寂しくて、困っていて、ずるしたり、怒ったり、泣いたり、とぼけたり、すぐに笑ったり、慣れ慣れしくなったり、頼ってきたり、なのに言うことをまるで聞かなかったり、しょぼんとしたり、突然踊り出したり、走り出したり、はしゃいだり、抱きついてきたり、どよんと静かになったり。とにかく子どもは忙しい。

 

 つまり、とても人間的なのだ。そのときそのとき真剣で、まっすぐな瞳が私を見つめ、私のこころに、その存在を受け止めないではいられない明るい春の日差しのように映り込んでくる。

 

 すると、私は我慢できずに「さあ、何して遊ぼうか」と彼らの顔をのぞきながらつぶやく。「中山さん、向こう行っててよ」と言われても、私には聞こえない。そして子どもと一緒にこころのなかでスキップしている。勝手で、めでたい人間である。

 

 

■放デイとは

 放課後等デイサービスのこと。発達障害・知的障害を持つ児童を中心に、肢体に不自由がある児童、排泄自立が困難な児童も含め、小学校1年生から高校3年生までの学齢期の児童が、支援や療育を受けるために学校や自宅への送迎により集まる通所サービス。1日の利用上限は約10名。対してスタッフ34名で支援する。

 マンションの一室やビルのワンフロアなど、決して十分に広いとはいえない空間で展開している場合が多い。そこに、学齢も性格も発達の道のりも違えば、障害の混ざり具合も、特性も、表出の仕方も無限にスペクトラムな児童らが集まる壮大かつ濃密な世界が広がる。

(中山求仁子「劇的身体」第8回終了)

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