第7回 私たちは「なにか」に乗っている

第7回 私たちは「なにか」に乗っている

2020.11.17 update.

中山求仁子(なかやま・くにこ) イメージ

中山求仁子(なかやま・くにこ)

2017年から18年まで、神奈川県のとある放課後等デイサービスの管理者として勤務。自身も幼少期から横綱級ADHDであり、現在は双極性障害も発症している。
大阪大学文学部美学科音楽演劇学コース卒業。高校時代よりモダンダンス、大学入学と同時に小劇場演劇を始める。2001年退団以降、人生自体が演劇のような双極 I 型ジェットコースターライフを送っている。韓国映画と韓流ドラマをこよなく愛す。

 

■大根スリム化計画

 

 通っていた中学は高校に自動的に接続していて、成績がどんなに奈落に落ちようとも、まるで勉強する気にならない中3の頃だった。

 狂ったように熱中したバスケットボールも市の対抗試合で早々に負け、部を引退してからは学園祭にのめり込み、それが終わると「あしたのジョー」のように真っ白な灰になっていた。

 

 ただ、大きな悩みごとがあった。小学生のときはバレエをしていたからか長細かった脚が、バスケのせいで大根のように太く短くなったことだ。

 そこで私は、「高校でもバスケ部に入ろうよ~」と誘う仲間に背中を見せ、大根スリム化計画を実行すべく、近くのカルチャーセンターに通い始めた。ジャズダンスが隆盛を極めていた頃のことだ。

 

 楽しくレッスンに通い、大根が少しやせ始めた頃、ジャズダンスの先生に声をかけられる。

「近くに稽古場があって、そこでモダンダンスをやっているのだけど、来てみない?」

 

 行ってみると、稽古場は奥深い森の中に建っていた。

 中をのぞく。フロアで足を広げ、体を柔らかくしている人々は、なんと、みなガチの大人だった。長身で手足の長ーい、いかにもダンサーという男の人が何人か。女の人も背が高く、スタイルが抜群な人ばかり。若い女性はというと、どうやら、短大の舞踊研究科の生徒さんか大阪芸大の舞踊科の学生さんで、すべて舞踊を真剣に目指す人々の集まりだった。「大根のスリム化」しか考えていなかった私にはまるで別世界で、「どーしよー」とその日は帰りたくなった。

 

■空飛ぶレオタード

 

 多くのモダンダンスでは今でも、基本レッスンにバレエの動きを使っている。ご覧になったこともあると思うが、バーの横で、足を開いたり、上げたり、つま先立ちになったり、手を広げたりするレッスンのことだ。けれど森の稽古場では、まったくオリジナルな基礎運動を教わった。さまざまな筋肉の動きを組み合わせてパターン化し、稽古場の端から端へと移動しながら行う。

 

 すぐにわかったのは、体の中心がバレエとはまるで違うこと。体の形を外側からつくるのではなく、筋肉の運動として内的に知覚しながら、動きを習得するすべを私は知っていくことになる。ただそれはバレエとは反対のプロセスで、最初のうちはまるでレッスンについていけなかった。

 

 レッスンの最後には、即興が行われた。即興は、既成の動きにはない新しい動きを見つける場として、モダンダンスにとってとても重要な方法だ。しかし私のような初心者は、自由に動けと言われても動ける動きのストックが限られていた。「ああ、またさっきと同じ、つまらないことをしている」と、もどかしく思いながら動く。

 

 先輩をまねて、跳ねてみたり、固まってみたり、ねじってみたり、回ってみたり、ベターッとしてみたりするのだけど、洞窟にいるような窮屈な感覚を覚え、「ああ、何か新しい動きがしたい!」とやみくもに踊ってみた。

 すると、パっと新しい窓が見つかるように、今までとは違う動きをしている自分に出会った。途端に自由な気持ちが体の底から沸き起こってくる。どんどん踊れる。見えない空飛ぶじゅうたんのレオタード版を着ているような気がした。

 

 読んでくださっている方には想像しにくいかもしれないから、少し説明したい。

 たとえば、鼻歌を歌うとしよう。「フフフん♪」と調子よく歌いはじめて、そのうち無意識の領域で歌っていると、元歌がサビのところから別の歌に変わっていることがないだろうか。あるとき、別の入り口が開いて、違う歌に連結し、いい調子で歌っている。または、まったくオリジナルな歌を口ずさんでいたりする。すると、「ええーッ! マジ?」と驚くとともに、愉快な感覚がわいてこないだろうか。

 

 そういう感覚のもっと大きなものを、即興で踊れば、体感することができる。しかし、これは踊りだけじゃない。音楽にも、演劇にも共通する感覚だ。

 

■モダンダンスがチアリーディングに

 

 高3になる頃、モダンダンスにのめり込む私を心配し、両親は勝手に「受験勉強休み」を先生に申し出た。私は森の稽古場に行けなくなった。周囲も、大方の部活では6月くらいにみな引退したが、野球部はまだ夏の甲子園予選に挑もうとしていた。

 

 部の開設以来、最高のバッテリーといわれるピッチャーのⅯ君とキャッチャーのT君を中心に打線も火を噴くだろうと聞いて、部活が終わった同級生はがぜん盛り上がる。仮設応援団が結成され、寄せ集めチアリーダーのチームをつくろうということになった。踊りたくてしかたがなかった私は、チームのダンスを振り付けした。曲は筒美京平作曲「夏色のナンシー」

 

 私は校庭の横のプレハブの角で、通りがかる同級生を捕獲しては騙し、チアリーダーに誘った。医学部を目指している子もいたが、気のいい友達はみな仲間に入ってくれ、私はそもそもの腰の振り方から首の傾げ方、手の決め方を熱心に教え、みんなで踊った。

 実は今でもその振り付けの一部を覚えている。受験を制すると言われる初夏を私たちは、早見優の歌う夏色のフレーズに染め上げ、熱く過ごすことを選んだのである。

 

 野球部はみんなの応援に応え、なんと我校において史上初、夏の甲子園の予選一回戦の勝利をおさめる。

 みんな泣きに泣いて、「次もがんばれ!!」と、ほぼ学年全員が野球場に駆けつけた。すると、なんと二回戦も勝利し、学校中が沸きに沸く。そして迎えた三回戦。この試合に勝てば、あの、あの天理高校と対戦だ! となると、もう学校中、上へ下への大騒ぎである。

 

 試合は4点を取られるが、我が校も負けてはいない。2点を返す猛攻撃。しかし、みんなの懸命な声も私たちの腰の振りも、惜しくも届かなかった。マウンドから泣きながらⅯ君が降りてくる。野球部員が涙する姿に、みんながまた涙する。

 

 泣きはらしてトイレに向かおうとしたとき、私の前に相手校の、角刈り超ロング学ランを着た眉毛全剃りの応援団長が立ちはだかった。恐怖におののいた私が逃げようとすると、応援団長はさっと近づいてきて、低い声でこう言った。

「新しーい! 我々も、がんばる! 感謝ー!」

 角刈り超ロング学ランを着た眉毛全剃りの応援団長は、白手袋をはめた両手を後ろ手に結び、去っていった。

 

 私はなんのことかと立ち尽くしたが、要は「夏色のナンシー、我は気に入った」ということだったと思う。

 ここに、モダンダンスと応援団の融合が結実したのである。

 

■バレエの住人サクラちゃん

 

 放デイのサクラちゃんは小6で、知的な発達の遅れと発達障害、そして少しの肢体不自由があった。サクラちゃんの世界はぜんぶピンク色で、そこではどうやら、ディズニーのキャラクターとおとうさんもおかあさんも一緒に、みんながバレエを踊っていた。

 

 小学校へ迎えに行く。

 サクラちゃんは、特別支援学級の若い女の先生と一緒に下駄箱にスローに現れる。今日も、ピンクのミニスカートの下に、バレエのチュチュ(硬いドレス生地)に似たペチコートとスパッツをはいている。細くて長い手足がサクラちゃんの魅力だ。

 

 私を見るとサクラちゃんは、ニヤニヤしながらゆっくりと近づいてきて、ツルツルする廊下でランドセルを背負ったまま一回りしてくれる。そして、やる気のない低い声で「どこいくのー?」と聞く。

「あおぞらえーん」と私がサクラちゃんのトーンで答える。

「ふーん」

 

「サクラちゃん、靴出してくださーい」と先生が言う。

「はーい、せんせー」

 サクラちゃんはピンクのスニーカーを下駄箱から取り出し、頭の高さから落とす。そのときのサクラちゃんはとてもうれしそうだ。散らばったスニーカーを見て、サクラちゃんは「あーあ」と残念そうに言うが、顔は笑ってる。

 私も「あーあ」と言い、「サクラちゃーん、自分でそろえて、はいてねー」と言う。

 

 サクラちゃんはそれには答えず、能面のような顔をして、靴を黙ってはく。先生に「さよなら」をして、目の前の校庭に吸い寄せられるように歩き出す。

「また校庭を走り回るのは許してね。きょうはこれからまだお迎えがあるから付き合えないよー」と胸で言い、私は「サクラちゃん、こっちだよー。車が待ってるよー」と声をかけ、手をつなごうとする。

 

 サクラちゃんは立ち止まり、少し振り向いて「どこ行くのー?」と聞く。

「あおぞら園だよー」

「ふーん」

 サクラちゃんは、校庭の向こう側には走り出さず、校庭の端を遊具を挟みながら私と並行に歩き、駐車場に到着。

「どのくるまー?」

「この車だよー」

「わー、はじめてー」とサクラちゃんは、いつもの車に乗りながら言う。

 

■「もいっかい言ってー」と「アレやってー」

 

 走り始めると、またサクラちゃんが言う。

「どこ行くのー?」

「うん。あおぞら園で、おやつ食べて、遊ぼうねー」

 サクラちゃんがしばらくして言う。

「もいっかい言ってー」

 

 この「もいっかい言ってー」を、園ではサクラワードと言う。

「言ってー」の最後に、周囲の空気に溶けていくような、なんともいえない虚無感とも不安感ともいえる、真空のような響きが漂う。その感じが強ければ強いほど、サクラちゃんはどこかの世界へ引きずられそうになっているらしい。

 つまり「もいっかい言ってー」は、サクラちゃんが難破しそうな不穏な世界から、岸辺に向かって投げる錨(いかり)であり、簡単に言えば、「誰か私の困った~を助けてくれませんか~」の信号だった。

 

 そして、運よく私はサクラちゃんと私だけの暗号を見つけていた。サクラちゃんが閉じ込められている不穏な世界から、暗号は頼りないながらもサクラちゃんと私を助けるよるべとなった。

「サクラちゃん、これー」

 そう言って私が運転席から示したのは、私の曲がった小指だった。

 

 私は持病のリウマチで右手の小指が白鳥の首のように曲がっている。その小指が、サクラちゃんの眼にあるとき止まった。

 たぶん、一緒にバレエの回転もどきをして遊んでいたときに見つけたのだと思う。両手を上げて卵のような円を描き、ふたりでくるくるくると回ってから、手をつないだ。そのとき、サクラちゃんは、わたしの小指をつかみ、首を傾げて「あれ?」と言った。

 翌日から「アレやってー」が始まった。

 

 バックミラーでサクラちゃんを見ると、左右の焦点がわずかに合っていない両眼が、いたずらっこのように、私のカギ指を確認して笑っている。

「あおぞら園に着いたら、何しよかー」

「おやつはー?」

「きょうは、おせんべいだったかなあ。おせんべい」

と2回おせんべいを言う。

 しばらくして「もいっかい言ってー」

「おせんべい食べたら、みんなとお散歩に行こうかぁ」

「おさんぽー?」気のない返事が返ってきて、

「せんせー、アレして」が続く。

「うん」と私はカギ指をする。

 

 終わらないループに、今度は私の中に、どこからともなく不安と疲弊がやってくる。でも、その不穏さにさらわれてはならない。沈没せず、ふたりして水面ギリギリでたどり着くのだ。

 

■サクラちゃんの瞬間移動

 

 運よく、車は青信号が続き、最後の角を左折して園の小さな駐車場に着く。茶色いランドセルを寄せて、サクラちゃんのシートベルトをはずす。

 

「うわあ、ここどこー?」

「まいどまいどのあおぞら園だよー。おやつ食べにはいろー」

「いやだー」

 サクラちゃんは、体を守るように両肘を曲げ、足元で左右交互に足をバタバタさせる。そしてひゅーと駐車場から離れようとする。

 そのひゅーに私はついていけない。動きに同期しようにも、一拍早い。追いかける。この構図は、何度やっても変わらない。

 

 発達障害を持つ子どもたちの動きは、ときおり初動が見えない。決して素早くない彼らが、いつのまにか逃げ去っていくのはなぜなのだろう。

 場合によっては、ワープしたかのように別の場所にいる。そういうとき、私たちは一緒にいたのに、次の瞬間、一緒にいない。つまり時間や空間はどこかで途切れ、次の時空間へのルートとは違う近道に彼らは滑り込み、先にたどり着いているのではないか。

 

 そういえば、森の稽古場で即興をしているとき、私は同じ場所にいるのに、閉じた暗闇から瞬間的に広がった場所に出た感覚を覚えた。それは内的な知覚ではなく、本当の空間の移動だったのではないか。サクラちゃんも子どもたちも同じことをしているのかもしれない。まるで見えないじゅうたんに乗っているかのように。

 

■見えない魔法のじゅうたんに乗って

 

 サクラちゃんを追い、車が来ないことを確かめて、向かいの空き地に着く。

「サクラちゃん」と、私は声をかける。サクラちゃんがバレエの公演に出たときに、うれしそうにしていたバレエのポワントのポーズをして両手を広げ、足を出す。

 サクラちゃんのこわばって乾いた顔に、しだいに明るさが戻り、バレエのお辞儀をしてくれる。一緒にくるくると回ってみる。そして手をつなぐ。

 

「いこかー」

「どこいくのー?」

「アラジンの魔法のくにー」

 サクラちゃんが、立ち止まる。私を指していたずらっぽく言う。

「ジーニー?」サクラちゃんは、ランプの中の魔人かと聞いている。

「違うよー。アラジンだよ。サクラちゃんは、ジャスミンでしょ。ほら、じゅうたんだよー」

 と、右左見て、ふたりで手をつないで道路に飛び出す。

「ここどこー?」

「アラジンの魔法のくにー」

「魔法のくにかぁ」

 サクラちゃんが笑ってる。ようやっと、園にたどり着いた。

 

「おかえりー」と高井さんがドアを開けてくれる。

「あ、ジーニー」とサクラちゃんが高井さんを指さして言い、靴を脱いで入っていく。

「サクラちゃん、靴は下駄箱にー」と高井さんが声をかけるが、きょうのサクラちゃんはもうじゅうたんに乗っている。

 私はそうだそうだと、トイレだけ先にするようにとサクラちゃんに玄関から声をかけ、また送迎に出かける。

 すると、駐車場の横のトイレの小窓から「バイバイ。ジーニー」とサクラちゃんの声がした。

 

 森の稽古場で、即興のときに着たレオタード調魔法のじゅうたんといい、サクラちゃんの瞬間移動といい、どうも私たちの住んでいるところには常に、姿を見せない乗り物が潜んでいるように思う。その乗り物は別の場所に連れていってくれるのだけど、私たちのこころもまた励まし、前に進むよう押し出してくれたりする。

 子どもたちとかかわりあう場にも、その見えないものは溢れるほど漂っていて、彼らの気分が絶えず動くのは、その影響もあるように思う。

 

 正体不明の乗り物は、今日も誰かを「動かしている」。

 私たちはそれに「乗っている」。

 

■放デイとは

 放課後等デイサービスのこと。発達障害・知的障害を持つ児童を中心に、肢体に不自由がある児童、排泄自立が困難な児童も含め、小学校1年生から高校3年生までの学齢期の児童が、支援や療育を受けるために学校や自宅への送迎により集まる通所サービス。1日の利用上限は約10名。対してスタッフ34名で支援する。

 マンションの一室やビルのワンフロアなど、決して十分に広いとはいえない空間で展開している場合が多い。そこに、学齢も性格も発達の道のりも違えば、障害の混ざり具合も、特性も、表出の仕方も無限にスペクトラムな児童らが集まる壮大かつ濃密な世界が広がる。

(中山求仁子「劇的身体」第7回終了)

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