第1回 放デイという演劇空間で私は何になっていたか

第1回 放デイという演劇空間で私は何になっていたか

2020.9.18 update.

中山求仁子(なかやま・くにこ) イメージ

中山求仁子(なかやま・くにこ)

2017年から18年まで、神奈川県のとある放課後等デイサービスの管理者として勤務。自身も幼少期から横綱級ADHDであり、現在は双極性障害も発症している。
大阪大学文学部美学科音楽演劇学コース卒業。高校時代よりモダンダンス、大学入学と同時に小劇場演劇を始める。2001年退団以降、人生自体が演劇のような双極 I 型ジェットコースターライフを送っている。韓国映画と韓流ドラマをこよなく愛す。

 これから、「ある子どもたち」のことを書かせていただきたい。「ある子どもたち」とは、放課後等デイサービス、通称「放デイ」に通う小1から高3の発達障害や知的障害を持つ子どもたちである。


人は、じぶんに似たものに心をひかれ、その反面、確実な距離によってじぶんとは隔てられているものに深い憧れをかきたてられる。

(須賀敦子『ユルスナールの靴』より)


 私は放デイの子どもたちと出逢い、「じぶんに似たもの」「じぶんとは隔てられているもの」、そのどちらの感覚も覚えた。

 前者の訳は、自身が双極性障害と発達障害という二つの精神障害を複雑に抱え、勝手に動く心と身体に揺さぶられてきたことにある。

 後者の「憧れ」を、私は「ある魂への深い思い」と読み替えた。


■姪にささやき、ささやかれて


 私には、15歳で逝った姪(めい)がいる。出産時に脳内出血を起こし、脳幹だけが残り、不動のまま生きた。「今、生きていることが不思議です。明日、亡くなってもおかしくありません。そのつもりで暮らしてください」。

 出産直後、医師は家族にそう告げた。しかし、姪はか細い腕を曲げ、手首を折り、脚は胎児のように折り曲げながら、15年を生き続けた。


 私は会うたびに姪を抱いて歌を歌った。「七つの子」という童謡をなぜ選んだのか。もう記憶のどこにもないが、姪と会うたびにこの歌をささやくように口ずさんだ。

 姪の生きる方法は、チューブから胃ろう、腸ろう、IVHへと変わり、栄養が行き届かないため髪が少し変色し、か細い手足はさらに細くなった。体重は9㎏前後だった。妹は赤ちゃん用ベビーカーに乗せ、どこにでも出かけた。彼女の強さは幼いころから知っていたが、姪を育てながら、さらに妹は強くなった。吸引、酸素吸入も自宅で行い、IVHの衛生管理もすべて自分で行った。


 亡くなる3日前、妹たちと私の家族は病室にホットプレートを持ち込み、餃子を焼いて食べた。妹が言い出したのだ。

 そのころ、姪は末梢血管に点滴注射をし、ブドウ糖だけを摂取していた。この血管を失うと、次の血管は見つからないだろうと言われた。細い注射針すら刺せる血管がもう全身のどこにもなかった。

 姪は死に限りなく近づいていた。みながそれを感じていた。家に戻ることはないだろう姪の前で、家に戻ったかのように、にぎやかに喋った。ひっそりと、ただ送ることはできなかったのだ。餃子の匂いが病室にあふれた。別れの前の祭りだった。


 亡くなった姪は、まるで嬰児のように無垢で美しかった。家族の誰もが、生きているときから、彼女が神性を帯びた存在であると感じていた。

 9年経った今も、姪はそのようにして、私の中で生きている。


■目で触る


 自らは言葉を発しない人々の物語に耳を傾けたい。

 放デイの子どもたちと向き合ううちに、私がそう思うようになったのは、姪が私にささやきかけたからではないか。私はそう感じている。


 彼ら/彼女らの中には、言葉を話さない子どもがたくさんいる。

 話したとしても、吃音や、助詞の不足や、過激な文言を吐くように話すなど、どこかに不思議な傾きがあるのだ。

 しかしそのぶん、子どもたちはコントロールされた言葉などにこだわらず、身体や心のままに、ダイレクトにコミュニケーションを投げかける。周囲に構わず、自分の思うがまま、身体が動くがままに言動する。

 専門知識もなく、技術も経験もない私は、その独特なあり様に驚き、たじろいだ。しかし、かかわるうちに、その行為自体のおもしろさを感じるようになる。

 すると、不思議なことが起こり始めた。


 あるとき、わざと土を食べてみせようとする子どもの行為を私の身体は予期し、寸前で彼の手のひらを握手するように握っていた。

 そのうち、自分が子どもの姿を「目で触る」ように観察し、いつもと違う変化を細かく察知していることに気づく。

 いったい、何が起こっているのだろう。

 もしや、と、私は思った。20年前に離れたはずの演劇とダンスによる感覚が身体の底から顔を出し、私を突き動かしているのではないか。


■放デイという名の演劇空間


 俯瞰的に時空間を読む〈身体〉。相手と自分の演技を省察する〈眼〉。役者やダンサーが、相手の身体や心の動きと息を合わせる〈同期〉。

 それらが働いていることに気づいた瞬間、不思議な角度から子どもたちの世界が眼に映る。

 放デイという目の前の世界が、ときおり演劇空間に見えるのだ。そのとき、子どもたちはあるがままにして観客の視線を釘付けにする個性的な役者である。台本もないのに、豊かにそれぞれの物語を語る。

 では、支援とは何だろう。ああ、そうか。子どもたちが主役で、支援者は脇役。主役に合わせて脇を固める役柄を演じればよいのではないか。とすると、関係は相互で、支援は一緒につくる協働の作業だ。


 そんな素人の思いつきを、専門誌の『精神看護』202011月号に書かせていただいた。

 これからお話しするのは、そんな突飛な思いつきを、やみくもにやってみたエピソードの数々だ。実を言うと、自慢できる成功談などほとんどなく、冷や汗もののドタバタ騒動記に過ぎない。

 感じるがままに、素人がおろおろと試行錯誤した日々だが、そこに支援や医療の世界で使われる「問題」や「リスク」、「マイナス」の目線の及ばない、小さなかかわりあいの目新しさや、なにより子どもたちの輝きを見つけていただけるとうれしい。

 なお、事業所の名称、子どもたちやスタッフなど、登場人物はすべて仮名である。

 次回は放デイの骨格をなす重要任務「送迎」についてお話ししたい。


■放デイとは

 放課後等デイサービスのこと。発達障害・知的障害を持つ児童を中心に、肢体に不自由がある児童、排泄自立が困難な児童も含め、小学校1年生から高校3年生までの学齢期の児童が、支援や療育を受けるために学校や自宅への送迎により集まる通所サービス。1日の利用上限は約10名。対してスタッフ34名で支援する。

 マンションの一室やビルのワンフロアなど、決して十分に広いとはいえない空間で展開している場合が多い。そこに、学齢も性格も発達の道のりも違えば、障害の混ざり具合も、特性も、表出の仕方も無限にスペクトラムな児童らが集まる壮大かつ濃密な世界が広がる。

(中山求仁子「劇的身体」第1回終了)

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