第30回 治療というジャングルの進み方

第30回 治療というジャングルの進み方

2019.6.12 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
また本連載の目次サイトはこちら⇒https://peraichi.com/landing_pages/view/gosadou

 

「うつ病患者」として治療を受け、苦しみ続けた6年間を振り返ってみると、どこまでがレビー小体病の症状で、どこからが抗精神病薬による副作用だったのかは、よくわかりません。医師にも質問したこともありますが、明確に分けることはできないと言われました。うつ病そっくりな心身の不調は、レビー小体病でもよく出る症状であり、「初期には、うつ病との区別は困難(どんな医師にもできない)」と何人もの医師から聞きました★1。では、打つ手がなかったのかといえば、「治療で重い副作用が出た時点で、医師はレビー小体型認知症の可能性を考えてほしかった」とある医師は言いました。

 

■レビー小体型認知症と診断される

 

さて、47歳のときに取り戻したはずの健康な生活は続きませんでした。

 

うつ病が治ったと喜んだ翌年(2011年)には、人の錯視を頻繁に見るようになりました。ある夜、寝室の扉を開けると見知らぬ男が寝ていて、心臓が止まるかと思いました。そのとき、目の錯覚にしては鮮明に見え過ぎると初めて気づきました。

 

検索で出てきたレビー小体型認知症について調べていくと、多くの症状が当てはまっていました。「誤診や誤った治療で悪化する患者が少なくない」とあり、自分で気づかなければ、取り返しのつかない結果を招くことを知りました。そのころ、レビー小体型認知症は一般の人にはもちろん、医師にもまだ十分には知られていない病気だったのです。

 

2012年、この病気に詳しい専門医のいる病院を受診しましたが診断はされず、経過観察となりました。体調不良に苦しみ、幻視への恐怖は耐えがたいものになっていたのですが、「治療はしない」「進行を遅らせるために本人にできることはない」と言われ、認知症医療に対してさまざまな疑問を抱きました。私は、自分で自分を救うために医療情報を漁る能動的な患者に変わっていきました。

 

2013年、同じ医師からレビー小体型認知症と診断され、抗認知症薬による治療が始まると幻視などの症状が改善。翌年から匿名で認知症のプロジェクト★2に協力したり、取材★3を受け始めました。2015年1月に初めて当事者として実名で登壇し★4、同じ年、診断前後の日記が書籍化されました(『私の脳で起こったこと』ブックマン社)。

 

■ファンタジーを演じさせられる医師

 

2015年に実名で活動を始めると、認知症を専門とする医師と知り合う機会が増えていきました。「人と人」という水平な関係で話すようになって初めて、「患者」という位置からは知るすべのなかった医師側の世界が見えてきました。患者と医師が、違う「常識」の上に立っていることを知り、同時に医師も不安や苦悩を抱えていることを知りました。

 

「医師にとっても病気の症状と薬の副作用を区別することは難しい」

「薬を減らすことは勇気がいる」

 

これらの言葉は、私のなかにあった「患者側の常識」を突き崩しました。

 

「闘病の戦場では、医師だけが頼り。医師だけが敵を熟知し、最強の武器を取り揃え、その武器を操って、自分を苦しみと不安から救い出してくれる」。そんなファンタジーを多くの患者は信じています。私も41歳で初めて精神科を受診したときは、そんな無知で受け身な患者でした。

 

でも、今はわかります。複雑で曖昧で困難な戦況の最前線にひとりで立たされ、「さあ、早く助けて」と患者と家族から凝視される医師。その手には、たった1つの武器しかないのです。その武器には、多くの患者が期待するほどの威力はなく、むしろ予測のつかないさまざまなリスクが伴います。

 

「薬で症状を消せと医学部時代から教えられてきたから、症状が消えなければ薬を増やすことは当然だと思っていましたよ。でも精神症状なんて、そうそう消えない」と悔しそうに語った医師がいました。精神科の薬をどんどん増量し、悪化していったとき、追いつめられていたのは、患者だけではなかったのです。

 

患者側からの視点しかなかったころの私には、そんな事情はわかりませんでした。テレビも本も「良いお薬がありますから、早めに受診しましょう」としか伝えていませんでした。近年の報道とは異なり、多剤併用のリスクを警告する記事を見たこともありませんでした。

 

■早期発見は無理――ここからスタートしては?

 

患者の大きすぎる期待は、失望と的外れな恨みを簡単に生みます。それでは医師も患者もお互いに不幸です。不毛です。この不幸は、どうすれば減らすことができるんだろうかと考え続けてきました。

 

認知症や認知症医療について学べば学ぶほど知ったのは、「脳のことでわかっていることは本当に少ない」ということです。医療に担えることは限られているということです。いまだに原因もわからず、治す薬もなく、確実な予防法もない病気なのです。加えて個人差が大きく、診断名が同じでも人によって病状が大きく違い、薬の効き方も副作用の出方も進行の仕方も1人ひとり違います。人間関係など環境の影響が非常に大きく、環境だけで症状が大きく改善したり悪化したりします。これからどんな症状がどう出て、どう進行していくのかなど、誰にもわからないのです。しかし患者側からは、そうは見えません。認知症が病気なら、問題を解決する責任者は医師だと思ってしまいます。

 

高齢化に伴って増える高齢者の認知症は、老化との線引きすらできない曖昧模糊(あいまいもこ)としたグラデーションの世界です。しかし多くの人は、画像検査で簡単に白黒がつき、薬さえ飲めば進行を押さえられると誤解しています。

 

「早期発見・早期診断が大事」と言われ続けていますが、早期であればあるほど症状は目立たず、種類は出そろわず、画像にも認知機能テストの数値にも表れにくく、診断は困難という矛盾を患者や家族は知りません。だから早く受診すればするほど失望する人が多くなっています。

 

ならば、「早期に正しく診断することなど無理です」と宣言してはどうでしょう。これを常識にすれば、患者も家族も医師ももっと楽になり、害も減るのにと思います。

 

「最初から正しい診断にたどりつけなくて当たり前」

「膨大かつ日々更新されていく数多い病気と治療の知識を1人の医師が網羅するなど不可能」

「薬は使ってみなければ、その人に合う薬も、合う量も、どんな効果や予期せぬ副作用が出るのかも予測がつかない」

 

患者や家族はこれらを肝に銘じ、「じゃあ、どうすれば害を最小にし、益がより大きい医療に一歩でも近づけるのか。そのために自分に何ができるのか」と考えていくほうが、現実的だと私は思っています。

 

■先の見えないジャングルを、目をつぶって付いていく?

 

そもそも医療に解決策を求めないほうがいい病気、病状、年齢層、環境もあります。

 

高熱が出たら解熱剤を飲んで出社、眠れなくなったら薬を飲んで仕事を続けるという考え方が、根本から間違っていたのだと、今ならわかります。身体が「このままだと危ないよ」と信号を出して教えているのに、対処療法でしかない薬で蓋をして突き進めばどうなるか……。なにがなんでも仕事を続けるために睡眠薬を求めて精神科に行った私は、落ちるべくして穴に落ちたのです。

 

超高齢になって物忘れが増えても、認知症の薬さえ飲めばいいのだと多くの人は思っています。脳に作用し、思いがけない害を生む可能性がある向精神薬は、抗認知症薬も含めて、ビタミン剤のように気楽に飲むものではないと伝えたいです。

 

治療とは、視界のきかないジャングルを踏み分けて進む冒険のようだと、今は思います。医師にだって、先は見えないのです。そんなジャングルを、目をつぶって医師の後ろにくっついて行くのは危険すぎます。崖から落ちても文句は言えないと、医療の限界を知るにつれて、考えるようになりました。

 

自分の命が懸かっているのです。自分の病気や自分の飲む薬のことを知らないのは、コンパスを捨てて進むのと同じです。患者や家族が症状を観察し記録したものが、いちばん大事な地図です。その地図を医師と見ながら、どう進むのかを話し合います。

 

もし医師と納得いくまで話し合い、お互いに協力し合いながら進むことができれば、どんな困難な道でも安心ですし、うまくいかなければ細やかに軌道修正しつつ、より良い方向に進んでいけるはずだと私は考えています。たとえ途中で道に迷ったり、転んで怪我をすることがあったとしても、納得して進んだ道であれば後悔はしないでしょう。

 

■仮説でいい、仮説だからいい

 

私は、患者や家族や介護職が変わることが大事と、2015年から伝え続けてきたのですが、実は、医療者側にもリクエストしてきたことが、1つだけあります。「診断は、希望とセットで伝えてほしい」ということです★5

 

「早期発見・早期絶望」という言葉をご存知でしょうか? 正確な診断のためにと高価で心身への負担の大きな検査を次々と受けさせられた結果、「××型認知症で間違いありません」とは伝えられたけれども、生活の相談機関や社会的なサポートやピアサポートの存在は何も知らされず、絶望から引きこもり、急激に悪化してしまう。そんな状況が、特に若年性認知症では長年続いていたことを当事者たちが表した言葉です。

 

精神科医・中井久夫は、著書『こんなとき私はどうしてきたか』(医学書院)に、すでにその答えを書いていました。

 

《診断とは、治療のための仮説です。最後まで仮説です。「宣告」ではない。》p.12

 

《さて、「私はこれからどうなるのでしょう」と患者さんに聞かれたら、みなさんはどう答えますか。

なによりも大切なのは「希望を処方する」ということです。私は、予後については「医療と家族とあなたとの三者の呼吸が合うかどうかによってこれからどうなるかは大いに変わる」ということだけを申します。つまり「幅がある」「可塑性がある」「変わりうる」ということです。》p.10

 

《次に、「きみの側の協力は、まず第一に都合の悪いことを教えてくれることだ」と告げます。「たとえば薬に関する苦情を私に言うこと、これがあなたの側の最大の協力です。そうでなければ私はきっと間違って判断するだろうからね」というように。》p.13〜14

 

これは統合失調症など精神疾患の治療の話ですが、認知症とつく病気にもそのまま当てはまります。「アルツハイマー型認知症と診断したけれども、数年経ってもあまり進行しないので違う病気(嗜銀顆粒性認知症など)だったと気づいた」「時間が経つにつれて、他の型の認知症を合併し、病態が変わっていくことはある」と認知症専門医から聞きました。

 

高齢になるほど、いくつもの脳の病気を合併していくことがわかっているのですから★6、切り分けたピザのように円グラフで示される各病気の割合に意味があるとは思えません。画像ですべてがわかるわけでもなく★7、解剖して調べた脳の状態と生前の認知機能の状態が一致しない場合があることも報告されています★8

 

認知症の診断こそ、仮説でいいじゃありませんか。「今の段階で最も可能性が高いのはこれだが、将来的には変わっていく可能性もある」と患者と家族に伝え、常に柔軟性を持ちながら、変化を慎重に診ていくほうが、患者も家族も医師もしあわせになると思いませんか?

 

 

★1 レビー小体型認知症患者の46%の初期診断名が、うつ病だったという調査があります(高橋晶、水上勝義、朝田隆「レビー小体型認知症(DLB)の前駆症状、初期症状」『老年精神医学雑誌』第22巻増刊-1号60-64頁、2011年)。

★2 井庭崇、岡田誠編著『旅のことば――認知症とともによりよく生きるためのヒント』(丸善出版)。

「認定NPO法人健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」のサイト中の「認知症の語り」

★3 NHK「ためしてガッテン」(現番組名は「ガッテン!」)の取材など。

★4 NPO法人認知症ラボ主催「レビーフォーラム2015」

★5 現在では、診断前後に希望を伝えられる冊子や動画があります。

(1)『本人にとってのよりよい暮らしガイド――一足先に認知症になった私たちからあなたへ』(「日本認知症本人ワーキンググループ」作成協力)は無料ダウンロード可。1冊350円でも販売。

(2)DVD「本人座談会」はYouTubeでも公開。DVDは、NHK厚生文化事業団で無料貸し出し。

(3)『もしも 気になるようでしたらお読みください』(「認知症かも…」と不安を抱えている本人と家族が安心と希望を持って医療や支援につながるための冊子)は、「認知症介護情報ネットワーク」から無料ダウンロード可

★6 九州大学大学院 医学研究院「久山町研究」。ほぼ全住民の生活習慣などを追跡調査し、亡くなった後は解剖による検査が行われます。

★7 レビー小体型認知症への画像検査の精度は、DaT 81.9%、SPECT 76.4%、MIBG 69.2% (心筋シンチグラフィ)。この3つとも陽性だった患者 12.5%。初期の患者に限ると、DaT 50.0%、SPECT 56.3%、MIBG 56.3%。(内海久美子他「レビー小体型認知症の初発症状と関連症状の発現率・性差、および前駆症状との関連――脳血流SPECT・MIBG心筋シンチ・DaTスキャンシンチ検査と症状の関連性を通して」『老年精神医学雑誌』第28巻2号、173-186頁、2017年)。

★8 デヴィッド・スノウドン『100歳の美しい脳――アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち』(ディーエイチシー)など。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第30回終了)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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