第25回「いただきます」までの果てしない道のり

第25回「いただきます」までの果てしない道のり

2019.1.25 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
また本連載の目次サイトはこちら⇒https://peraichi.com/landing_pages/view/gosadou

昨年11月に研究者の伊藤亜紗さん★1から私の症状をインタビューしていただくという貴重な機会がありました。その内容は伊藤さんのサイトに年末、公開されました。インタビューにも同席され、文字ではなくイラストで大量のメモを取っていらした清水淳子さん★2が、私の時間感覚や段取りの難しさなどをグラフィックレコーディングで見事に可視化してくださっています。お二人の傑出したお仕事ぶりを直に見られたことは、とても贅沢な体験でした。

(ちなみに会話に突然登場して印象的な発言をされている「白石」なる謎の人物は、この連載の編集者であり、伊藤さんの『どもる体』も担当された白石正明さんです)

 

■料理という難事業

 

伊藤さんからは、意表をつく質問の数々を事前に受け取っていました。その中でいちばん答えやすかった質問が、「面倒くさいと思うことはなんですか?」です。

「料理!」

考えるよりも早く飛び出しました。

 

では料理のなにが面倒くさいかと考えていくと、理由はシャンパンのように溢れ出てきます。多くの人が毎日当たり前のように食事をしているのですが、その一食がどれだけたくさんの工程を経て食卓にのるか、ということをあらためて強く意識する機会になりました。高齢者の脳の機能を保つのに料理はとてもよいと言われますが、逆に言えば、料理が要求するさまざまな脳機能が少しでも低下してしまうと、一食分の料理をつくることは、健康な人が想像する以上の難事業になってしまうのです。

 

私が最初に料理に行き詰まったのは、2012年にレビー小体型認知症を疑って受診したころです。夕食は何を作ろうかと考えても、なにも頭に浮かばなくなりました。冷蔵庫の中にある食材を見てもお互いが結びつかず、料理がイメージできません。そんなときの頭の中は、濃い霧が充満しているようで、いくら懸命に目をこらしても白い霧以外はなにも見えてこないのです。

 

以前は料理が好きで、毎日の料理を楽しんでいた私に、その変化は衝撃でした。食材を見て、「さ〜て、これを使ってどんなおいしいものをつくってやろうか」と頭をフル回転させることは、わくわくすることだったのです。レシピはトランプのカードを切るように次々と頭に浮かび、「これを完熟柿で和えてみたらどうだろう」など、新奇な組み合わせもよく思いつきました。

 

そんな脳内レシピ検索機能が壊れてしまったと、2012年に自覚しました。料理が楽しかったころは、ネット検索もまめにして、同じ料理のレシピをいくつか見比べて新しいヒントを得たりもしていました。調べること、考えること自体も楽しかったのです。しかし何も思い浮かばなくなると興味も気力も萎えて、レシピを調べてつくろうという気持ちも起こらなくなりました。今もパソコンは(新しい機能でなければ)使えますし、検索もできるのですが、料理に関してはほとんどしません。凝った料理も縁遠くなりました。

 

■なぜ同じ料理が続くのか

 

さて、レシピが思い浮かばなくなると、数日分の献立をざっと思い浮かべて、必要な食材を買い揃えておくということもできなくなりました。そこで、毎日買い物に行くという生活に変えました。仕事も失ったので(第21回)、時間はいくらでもありました。

 

スーパーに行って、今夜食べる分だけを主に考えればいいのですが、当時はそれすら10日分の献立を考えるくらい複雑な作業に感じました。あまりにもたくさんの食材を前にして、何を買えばいいのかわからず呆然としてしまうことがよくありました。治療前で、脳の機能がひどく低下していたからですが、「50歳の今がこうなら、来年、再来年はどうなってしまうのか」と思い、塩化ビニールの床に座り込みそうになるのでした。

 

今も散歩を兼ねて毎日買い物に行きますが、レシピが思い浮かばないことにもすっかり慣れました。今日はカレーをつくると決めて、食材をメモして買い物に行きます。料理が未定でも「魚と肉を日替わりで、その日の特売品を選び、サラダになる野菜をいくつか選ぶ」など簡単なルールを決めているので、途方に暮れることもなくなりました。

 

今は、あまり考えなくてもできるごく単純な料理を繰り返しつくっています。健康なときは、和食の翌日は洋食、その翌日は中華などと、つねにメニューを変化させていました。今は、つくるのが楽で味も悪くなければ、同じ料理を続けてつくる(食べる)ことに抵抗感をまったく感じなくなりました。考えずに済むのは楽なのです。実際には、「それは常識的に考えておかしいだろう」と思い、家族のためにいちおうメインディッシュだけは毎日変えるように努力しますが、もし一人暮らしなら平気で続けて同じものをつくると思います。品数も減り、変わり映えしない寂しい食卓ですが、それが精一杯なので、それでOK(問題なし)としています。

 

肉や野菜をなんでも適当に切って放り込み、火にかけて放置すればでき上がるスープは、冬の定番です。以前は、そこに何種類ものハーブを入れましたが、レビー小体病からくる嗅覚障害(第2回)で匂いがわからない今は、ほとんど使わなくなりました。満足ではありませんが、夫婦だけの生活ですし、帰宅した夫は文句を言わずに食べてくれます。

 

しかし先日、夫が言ったのです。「しばらく味がおかしかったから、ああ、調子が悪いんだなと思っていたよ」。

 

たしかに夕方になるとひどく調子が悪くなる日が続いていました。急に倦怠感に襲われて、頭には嫌な違和感があり、ぼーっとするのです。この発作のような状態は、この病気になってから日常的にあることですが、毎日ほぼ決まった時刻に起こるという経験は初めてでした。買い物に行く気力も出ず、仕方がないので家にある魚の缶詰などを使って調理していました。段取りは普段にも増して混沌とし、作業速度は超高齢者並みになり、途中で疲れて座り込んだり、調理続行を諦めて横になったりしていました。味見をしても「なんだかよくわからないな」とは感じていましたが、そこまでまずかったことは、夫に指摘されて初めて知りました。

 

自分の味覚の精度は、自分ではよくわからないのです。日や体調によって味覚が変わることは自覚しています。でも、人と一緒に楽しく食事をしているときは、心からおいしいと感じるので、自分を「味のわからない人」とは思いたくありません。しかし自分のつくった料理を心からおいしいと感じることは少なくなりました。だからおいしいと感じることのできた料理は、次の日もつくりたくなるのだと思います。

 

恐ろしい光景に固まる

 

ふたたびスーパーでの買い物問題に戻ります。レシピが思い浮かばない以外にも私を悩ませるものがありました。抗認知症薬治療を始める前は幻視が頻繁で、買い物中にも思わず声を上げてしまうことがときどき起こりました。

 

魚を手に取ろうとすると目玉がギョロリと動く、肉の入ったプラスチックトレー1パックがスーッと横に移動していく、火事かと思う煙の塊がある……。店中にひどい悪臭がする幻臭も何度かありました。

 

あわてて周囲の人を見ても、誰も反応しないので、それは私の幻覚なのだと気づくのですが、当時は幻覚にもひどく怯えていましたから、それがストレスとなり、その瞬間に具合が悪くなってしまうこともありました。そうなると脳の機能も一気に落ちるので、よく知っているはずの商品の置き場所がわからなくなりました。情けなさと病気への怖さで泣き出しそうになりながらヨロヨロと探し歩いたときの記憶は薄れません。

 

そんなときは、視点を変えて解決策を探る力を失っているので、「店員さんに聞く」という簡単な手段も思い浮かばず、倒れそうになりながら、ひたすら歩き続けるのです。行方不明になった認知症高齢者が、信じられないほど遠くまで歩いたと聞くたびに、あのときの私と同じだったのではないかと想像し、胸が詰まります。

 

今でも行き慣れないスーパーに入ると何がどこにあるのかわからず、とても疲れるので、いつも決まった小規模な店に行くようになりました。「脳のためには、いろいろな所に行ったほうがいい」と言われそうですが、一品の料理が出来上がるまでの道のりは、まだまだこの先長いのです。

 

食材を持ってレジまでたどり着きさえすれば、あとはキャッシュカードを出すだけ。お金の計算に困ることはありません(第21回)。治療前は、カゴの中や台の上に買った物を置き忘れて帰ってくることもときどきありましたが、今は何度も確認する癖がついていて、店に置き忘れることはありません。必ずメモを持って買い物に行くので、買い忘れや同じものを買うミスも、今はありません(第20回)。

 

■秋刀魚は細切れに限る 

 

さて、食材も揃って、献立も決まって、いよいよ調理の始まりです。

 

診断されたころ、2つのコンロに鍋とフライパンをかけて、調理をしていました。鍋の中に調味料を入れてかき混ぜていると、右のほうから煙が上がるのが見えました。「出た!煙の幻視だ」とギクリとしましたが、見ると右のコンロの上にあるフライパンと蓋の間から出ています。「なぜ煙が?」困惑しながら蓋を開けてみると、黒こげになった肉がありました。右のコンロで肉も焼いていたことは、その肉を見るまで私の意識から完全に消えていたのです。徐々に焦げていくにおいも、私にはまったくわかりませんでした。

 

もし私に代わって毎日料理を担当してくれる家族がいたら、私はそれきり料理をやめていたかもしれません。でもそんな選択肢はありませんから、この日からコンロは1つしか使わないと心に誓いました。調理にかかる時間が倍以上になったとしても、同じ気持ちを味わうのだけは嫌だと思ったのです。それから長らく、一品ずつ作るという方法を続けていました。

 

自分の脳とのつきあい方に熟達した現在は、タイマーを使うことで、味噌汁をつくりながら、魚を焼くこともできるようになりました。今も蓋をして食材が視界から消えると、よくその存在を忘れてしまうのですが、電子音が鳴った途端に思い出せます。2つのことを同時にできなくなるのは、記憶が消えるからではなく注意障害(第20回)が原因だからです。

においもまったくしませんが、「○分経てば焼けるだろう」とタイマーをセットし、最後は肉でも魚でもブツッと半分に切って色で火の通りを確かめます。もし火が通っていなければ、またタイマーをセットして短時間焼き、再びブツッ。「どうしてうちの秋刀魚(の塩焼き)はこんなにバラバラなの?」と夫に言われたことがありますが、一尾でも細切れでも秋刀魚は秋刀魚。味は一緒です。見栄えなんて、知ったこっちゃありません。

 

調理中に何より困るのは、実は段取りなのですが、それは次回のお楽しみに。料理完成への道は、果てしなく続いてゆくのです。

 

★1

伊藤亜紗さん……東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学・現代アート。著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)、『どもる体』(医学書院)など。

★2

清水淳子さん……グラフィックレコーダー。多摩美術大学情報デザイン学科専任講師。著書に『Graphic Recorder――議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(ビー・エネ・エヌ新社)。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第25回終了)

 

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