第23回 「見えない障害」の困りごと

第23回 「見えない障害」の困りごと

2018.11.20 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
また本連載の目次サイトはこちら⇒https://peraichi.com/landing_pages/view/gosadou

 

■漢字が「ひとかたまり」で目に入らない

 

漢字が苦手です。診断されたころは、味噌という字を見て、「これは何だろう? どう読むんだろう」と、じーっと考えたり、伊藤を「いふじ」と読んで「珍しい苗字があるんだな」と感心したり、「仏」という字を見て「イ・ム」と読んだりしました。どれもしばらく経つと、ふいに正しい読み方に気づくのですが、わかった瞬間は、ぞっとしました。どうしてそんなことになってしまうのか、そのときには自分でもわかりませんでした。

 

そのころ、漢字1文字の全体でなく部首など一部分だけを虫眼鏡で見るように凝視してしまうことがときどき起こりました。自分の意志でしているのではなく、自然にそうなってしまうのです。そんなふうに超アップで漢字を見ていると、じわじわと違和感が湧いてきて、「この字はこんな形をしていただろうか」と考え込んでしまいます。

 

単語も2文字をひとつのかたまりとして見ることができず、なぜか1文字づつ切り離して見てしまうのです。「味噌」という言葉を見たとき、まず「あじ」と認識すると、もう「あじ」以外の読み方が頭に浮かびません。次に「噌」だけをじっと見つめて「この字、何だろう? 見たことがないな」と思うのです。「伊藤(いふじ)」も1文字づつバラバラに読んだ結果でした。いま思えば、これも注意障害なのかもしれません。

 

■サインが苦手な理由

 

自分の書いた漢字を見ていても、その形がなんだかとても奇妙に思えてきて、こんな漢字はないと思い、調べることがありました。調べて正しいとわかっても違和感は消えませんし、本当に横棒が1本少ないということが、今もあります。

 

バランスよく字を書き続けることがとても難しいと感じた時期もありました。部首とつくりの大きさがひどく違ってしまったり、1行の中の字の大きさがバラバラで中心線もずれるのです。もう手紙は二度と書けないと思ったのですが、またいつの間にか書けるようになりました。

 

ただ元々へたな字が、ますますまずくなっているのは自覚しています。長年書いている手書きの日記を見ると、年を遡るほど読みやすい字で書いてあって怖くなります。今は、自分で書いたものが読めないことがよくあります。

 

それが病気の影響なのか、文章はパソコンで入力するせいなのかはわかりません。今もたまに存在していない変な字を書きます。漢字を書く力は、小学生レベルです。間違っていることにはすぐに気づくのですが、正しい漢字は出てきません。メモはほとんど平仮名で書いています。ですから人前でホワイトボードに字を書くなど絶対にできません。

 

あまり機会はありませんが、たまに著書(2015年発行)にサインを求められることがあります。特別なサインなどない私は、楷書で自分の名前だけをポツンと書きます。年月日と相手の名前も書くのが礼儀だとは思うのですが、今日がいつなのかは、いちいちスマホを開かなければわかりませんし、名前を口頭で言われても、正しく漢字で書けるとはとうてい思えないからです。

 

人前で話し終えた後は、いつも脳が疲労の限界を越えていて、頭痛もしているので普段にもまして漢字が書けないだろうと思います。しかし「漢字が書けないので……」とは恥ずかしくてとても言えず、サービス精神に欠けた人だと思われているだろうなと、申し訳なさと後ろめたさをいつも感じています。

 

■やればできる。ただし多大なエネルギーを払って

 

私の症状は幻視だけ(それも今はない)と思っている方がいらして、驚かされることが時々あります。それでも細かい症状や困りごとを誤解のないように一つひとつ説明するには、膨大な時間がかかります。

 

そもそも対人関係のなかで、自分の困りごとをわざわざ自分から言い出すのは、かなり勇気のいることです。「合理的配慮」を求めるといっても、わがままと思われないように、双方にとって必要な情報だと理解されるように伝えるには、頭も気もつかわなくてはならず、相当なエネルギーが必要です。

 

しかし勇気と頭を振り絞って言ったところで、「見えない障害」は容易には伝わりません。「普通に話せるなら脳の機能に問題はない」「普通に歩けるなら身体機能にも問題はない」と決めつけられてしまいます。希望通りに理解してもらうことなど、ほぼ不可能なのだと諦めています。

 

私の病気は、脳の機能障害と同じくらい「全身病」の色合いが濃く、自律神経が障害されているために、体調の変動に日々振り回されます。起床時から頭痛と立ちくらみと倦怠感がある低気圧の日でも、火事場の馬鹿力を出せば人前でも話せてしまいます。家にいれば寝ている体調なので、話せることに自分でも驚きますが、帰り道は、40度の熱があるときのような全身の苦しさにひとりでうめいているのです。

 

思考力が保たれているといっても調子の良いときの話です。脳の持久力は失われていて、集中して使えばすぐに動かなくなってしまいます。頭を酷使した後は、脳が炎症で腫れているように感じます。同時に身体も毒を飲んだようにぐったりします。ごろんと横たわるともう動けず、声も出ません。そんな頼りにならない脳を使って毎日原稿を書き、いつ具合が悪くなるかわからないポンコツの体で電車に乗っていることは、この病気を知らない人には想像もつかないようです。

 

■映画を見たつもりがジェットコースターに

 

頭がひどく疲れているときは、本や新聞を開いても意味がつかめません。字は読めるのですが、水を手ですくうように、意味がこぼれ落ちていって、頭の中に何も残らないのです。ただ疲れ、苦しくなるだけです。

 

少々頭が疲れていても、映画なら勝手に話が進んでいくから大丈夫かと思って、「ライフ・オブ・パイ」という映画のDVDを見始めたことがあります。ところが映像をまったく見ることができませんでした。切れ間なく続く字幕を読むのが精一杯で、字幕から一瞬も目を離せず、映像を見られないのです。字幕が切り替わるのもとても早く感じて、ただ全力で字幕だけを追い続け、すぐに疲れてやめました。

 

1つの原稿を書き終えたとき、リラックスしたいと思って「美女と野獣」を映画館に観に行ったときもダメでした。魔法をかけられたお城の食卓で食器たちが一斉に歌い踊り出す見せ場で目が回りました。

 

そのとき、自分の視点がひとつの点にロックされてしまうのだと気づきました。1本のスプーンを見れば、そのスプーンしか目に入らず、皿を見れば、皿しか見えません。しかもどれも飛び回わっていて、その動きが速すぎて目が追いつかず、スクリーン全体では何が起こっているのか、さっぱりわかりません。結局、その華やかなシーンの間は、ぐるぐる回転するジェットコースターに乗った状態で、何を観たのかもよくわからないままぐったりして終わりました。

 

それから映画館に行くときは、かなり体調が良いときを選ぶようになりました。それでもスクリーン全体を眺めることが難しいとよく感じます。注意を引くものが多いとき、その中のひとつに目が行くと、もう他が見えなくなってしまうのです。後になって、何かつぎはぎだらけの映像を見たような、残念な気持ちが残ります。映画は、ノートパソコンの小さなディスプレイで観るほうが、脳への負担が少ないので疲れません。ちゃんと全体を見渡し、把握できたと満足もできます。

 

■感動するにはエネルギーがいる

 

脳の機能が落ちているときは、感動することができないということも知りました。私は美術館が好きで、ふだんは体調の良い日に行きます。でも今年の5月、勉強会に呼ばれて行った名古屋でどうしても観たいゴッホの絵があったので、疲れ切った「使用後の脳」で名古屋ボストン美術館に入場しました。

 

しかし、「これは凄い作品だな」と思うことはできるのですが、心がさっぱり動きません。生きる力がお腹から湧き出してくることも、震えるような感動が全身に満ちてくることも、何ひとつ起こらなかったのです。

 

それは奇妙な感覚でした。美しい色も構図もそのまま見えていて、素晴らしい作品だと思うのに、感動はしない。脳の視覚野から感動につながる回線がバチンと鋏で切られてしまったような、自分がアンドロイドであるような感じがしました。

 

感動するにも大きなエネルギーが必要なのです。年齢のせいもあると思いますが、美術館でもすぐに疲れるようになった今は、広い展示場の中で気に入った何点かだけをじっくり観るようになりました。

 

■雨が降ったら傘をさせばいい

 

脳が正常に機能しなくなるときは、今も日常的にあるのですが、すっかり慣れ、その波に合わせるのが私の生活になっています。頭を使う仕事は午前中にし、昼食の後は疲れて眠ることが多く、午後は家事や雑用に当てます。天候や体調によっては、1日ぐったりしています。健康な人とは少し違う生活ですが、そのこと自体はもう悲観しません。雨が降れば、誰でも黙って傘をさします。雨に文句を言う人はいません。私も調子が悪くなれば、ただ休むまでです。

 

脳がひどく疲れて苦しいときは、横になって目を閉じます。原稿書きで脳が疲れたときは中断し、近所をぶらぶら歩いて草木を眺めたりします。このときは、花壇に咲き乱れる花々よりも雑草や樹木の葉のほうが、脳を労ってくれます。植物の緑くらい脳の疲れを溶かしてくれるものはなく、私には特効薬のようなものです。しかも無料。近所にはありませんが、水の流れる音も私には薬です。

 

ストレスは、脳に一番悪いと実感しているので、全力で避けます。「ストレスを避けるなんて、無理じゃないですか?」と聞かれたことがありますが、職場もなく、組織にも縁遠い私は、義理人情よりも自分の体(脳)を大事にするぞと決意さえすれば、かなりのストレスを減らすことはできます。

 

でもそれは、病気になって初めてできたことです。私も人に何か頼まれたらNOと言えない人間でした。苦しいと感じても、船が進んでいる間は、その船で行く以外の選択が思い浮かびませんでした。しかしその船が転覆し、海に投げ出されたとき、初めて優先順位が変わります。治らない病気は、生き方を変えられる数少ない機会のひとつだと思います。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第23回終了)

 

←第22回はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

トラックバック

http://igs-kankan.com/mt/mt-tb.cgi/1139

コメント

このページのトップへ