第22回 「できる」と「できない」を両手に抱えて

第22回 「できる」と「できない」を両手に抱えて

2018.10.23 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
また本連載の目次サイトはこちら⇒https://peraichi.com/landing_pages/view/gosadou

 

■焦ったら終わり

 

この夏、役所で書類に書いた自宅の住所が間違っていたことがありました。町名の後にスルスルと数字を書き終えてから、どこか変だと感じたのですが、「じゃあ、どこが間違いで、どう直せばいいのか」と考えてもまったくわかりません。

 

「ええっ?!」と思わず声が出ました。

郵便番号を間違えることはたまにありますが、住所がわからなくなったのは初めてです。

「なぜ? 進行した? どうしよう。わからない……」

今も突然やって来るこんな魔のときは、慌てたら終わりです。財布を開いて保険証を出せばそこに書いてある、などということは思いもつきません。

「どうしよう、どうしよう……」

焦るほど混乱は深まり、解決策は遠のいていきます。だんだん脳は不快な違和感でいっぱいになり、重く苦しくなってきます。それに同期して身体も熱があるときのようにつらくなり、そのまま家に帰りました。

 

認知症という名の付いた病気を診断された人たちのこんな姿は、「記憶力、思考力、判断力の低下」の一言で片づけられてしまいがちです。しかし、一時的に脳が混乱しているだけで、常にできないわけではありません。気が落ち着けば、するりとできたりするのです。

 

私は病気になってから、自分の脳がストレスに対して過敏になったと感じます。同時に脆(もろ)くもなりました。些細な失敗でも頭の中が混乱しやすく、ストレスが引き金になって急激な体調変化が起こります。さらに厄介なのは、健康であれば受けない精神的ダメージを受けてしまうことです。

 

■傷んだ丸太橋の上を歩く

 

自分でも思いがけないミスをすると、懸命に覆い隠してきた自分の引け目が引きずり出され、晒し者にされたような気分になります。たとえ誰も見ていなくても、自分自身が情けなく、とても怖くなるのです。

だから、「なぜそんな些細なことで」と思われるような場面でも涙が出てきたり、自信を失ってしまったりします。「何やってるのよ」と言われた途端に、爆発して怒り出したりする人も同じ気持ちではないかと想像します。

 

「認知症になると感情のコントロールもできなくなる」と言われますが、それは違います。ただ追いつめられているだけなのです。これまで数え切れない失敗とつらさを経験してきた私たちには、余裕がありません。「また気づかないうちに何か失敗するかもしれない」という不安を心の底に隠しながら、気を張り続けているのです。

 

でも重度にならない限り「普通の人」に見えますし、どんな脳機能障害がどのくらいあるのかも、どんなことに困っているのかも、外からはまったく見えません。本人ですら失敗して初めて意識できるくらいですから、普通の人が普通に生活しているようにしか見えないでしょう。でも、その見えにくさが、困難を大きくしていると思うことがよくあります。

 

健康な人が舗装された広い橋を歩いているとしたら、病気の私たちは、(一人ひとり状態は違うにしても)あちこち傷んだ長い丸木橋を渡っているかのようです。その一歩一歩に、脳も心身のエネルギーも使って、頑張らざるをえません。だからすぐに疲れ、転べばダメージも大きいのです。

 

■自分を頼るのをきっぱりやめる

 

前回、「途中で他のことをすると前にしていたことが意識から抜け落ちる」と書きましたが、それは今でも続いています。

 

困らないように、私はふだん自宅ではタイマーを多用しています。コンロの火をつけたらタイマー。洗濯機を回したらタイマー。洗濯終了の音に気づかなくてもタイマーの音で洗濯をしていたことを思い出せます。だから翌朝、洗濯機の中に湿った洗濯物を発見するという失敗はもうしません。出かける準備を始める時間も、見ようと思っているテレビ番組の時間も、後でやることはすべてタイマーが教えてくれます。

(料理のとき、タイマーをかけ忘れることもありますが、鍋の温度が上がり過ぎると自動的に消えるコンロなので大丈夫です。)

 

私はもう日常生活のなかで、「何かを自力で覚えておこう」とはしません。

忘れてはいけないことは、すぐにメモして貼り付け、頭からは消えるに任せます。寝床についてからあれこれ思いつくことが多いので、枕元にはつねに紙とペンがあります。財布を忘れて出掛けることはあってもメモ帳とペンを忘れることはまずありません。今日するべきことは、朝、紙に書き、終わったら一つづつ消していきます。

 

忘れること自体は、問題ではないのです。覚えておこうとすることで生まれるストレスが問題なのです。

 

自力で覚えていようとすると、何かが抜け落ちるんじゃないか、また失敗するんじゃないかと不安になります。一度不安を感じると、そればかりが気になって落ち着かず、緊張するので疲れます。そんなふうにストレスを感じると、脳の働きは急降下して、ふだんできることまでできなくなると経験からわかっています。だから、とにかく楽をするのです。自分を頼るのはきっぱり止めることで、安心と余裕を得るのです。

 

■記憶を外部化することでストレスを減らす

 

私は、時間感覚に障害があるため(第5回参照)、日時など時間に関係することだけは、どうしても覚えられません。

 

当然、自分だけでなく、家族の予定もわからなくなります。出がけに「今日は夕食いらないから」と言われたことも、いつの間にか抜け落ちるか、聞いたのがいつの記憶なのかがわからなくなり混乱します。「言われた“今日”って……今日? 昨日? もっと前?」と悩むのです。たび重なる失敗の末、家族も自分の予定を口頭ではなく、全部書いてくれるようになったので、今はとても楽になりました。

 

外出にも、いろいろ工夫をしています。遠出するときは、自分で持ち物チェックリストをつくってあり、それを見ながらスーツケースに詰めます。リストをつくる前は、長い休憩を何度も入れながら何時間もかかり、疲れ果てていました。「今」ではない「未来」という、私には見えない時間のなかで、何が必要なのかを考えても、頭に霧がかかったようにモヤモヤして次々と思い浮かばないのです。

 

思いつくままに詰めていくと、途中で何を入れて何がまだなのかがわからなくなります。かといって全部出して並べると、何が足りないのかが余計わからなくなって途方に暮れるのです。ヘトヘトになりながら詰めたのに、大切なものをいつも忘れて出先で慌て、落ち込みました。私は病気になる前にパッキングで苦労した記憶がないので、この「できなさ」は本当に不思議で、新しい発見でした。

 

外出先から疲れてもうろうとしながら帰宅する途中で、Suicaの入ったパスケースを落としてからは、カバンに紐でくくり付けました。カバンの中で行方不明になることが多かった家の鍵も、同じようにカバンに付けています。財布を忘れて遠出することが続いてからは、カバンの内ポケットにお札も入れておくようにしました。

「そのくらい、私だってあるよ〜」と友人からは言われるのですが、こんな幼児並みの対策で手に入るずしりとした安心感やストレス軽減効果の大きさは、健康な人には想像ができないと思います。不安を生む要素がひとつでも減れば、疲れ方も違ってくるのです。

 

■サバイバルスキルは人それぞれ

 

今年9月に「みんなの認知症情報学会」の年次大会で、若年性アルツハイマー病の診断を受けている同世代の山田真由美さんと対談する機会がありました。山田さんは、記憶障害ではなく、視空間認知障害が目立ちます。服が着られないなど生活障害は重いのですが、同じ病気の人を支える活動(「おれんじドア」)を名古屋で立ち上げた素晴らしい活動家です。

 

山田さんには、字が読めても書けないという症状があります。ペンを失った世界でどうすれば生活できるのか、私には想像ができず、質問しました。

「メモが取れないと困りますよね。どうするんですか?」

「(予定は)覚える!」

「覚える〜!?」

思わず大きな声を出してしまいました。予定を覚えるという発想は、私の中にはもうひとかけらも存在していなかったからです(さらに山田さんは、スマホやグーグルホームに話しかけることで生活を便利にしているそうです)。

 

私たちには、それぞれまったく違う「できない」と「できる」があります。そして「できない」から「しない」のではなく、自分の「できる」を使って、「できない」を違う形の「できる」に変えて生活を続けています。

 

「そんな工夫ができるのは、特殊な人だけ。高齢者には無理」と言われることがときどきありますが、そうでしょうか? 最初から重度の認知症がある人はいません。事故や脳出血などを除けば、全員にごく初期の時期があり、全員が人知れず自分の失敗に戸惑い、悩みながらもいろいろ工夫していた時期があったはずです。もしその段階で「できない」を「できる」に変える工夫を一緒に考えたり、困ったときだけさりげなく手を貸してくれる仲間や家族がいれば、ストレスは激減し、その先もずっと穏やかでいられるのではないかと思うのです。

 

私も「自分は認知症なのかもしれない」と疑いはじめたころは、脳を鍛えなければいけないのだろうかと思って計算ドリルを買ってきたり、記憶をたどって食べたものを思い出そうとしてみたことがあります。

 

でもすぐにやめました。苦痛でしかなかったからです。脳は不快な疲労感でいっぱいになり、できなければつらく、自信を失い、未来を悲観しました。そんなふうに自らストレスをつくり出して苦しむことが、脳に良いはずがありません。

 

■私のお守り

 

ところが、「計算ドリルを欠かさず続けている」という同病の方がいらしたのです。レビー小体型認知症は注意障害から計算ができなくなると言われているのに……。不思議に思って尋ねると、もともと計算が大好きで、計算をしていると楽しいのだそうです。

 

びっくりしましたが、好きで得意なことを、楽しみながら続けているなら、その脳機能は低下しにくいのかもしれません。このことは、今でも私の「お守り」です。

 

私は書くことが子どものころから好きでした。自分の病名がわかったとき、書けなくなることに恐怖を覚えました。でも怖がらなくてもいいのかもしれません。医学書に書かれている通りに能力が落ちるわけではないことを、計算好きの仲間は教えてくれました。自分が本当に好きで、どうしてもしたいと思うことさえ(どんな形であれ)できるのであれば、他の何ができなくなっても私は大丈夫だと、そのとき思えました。

 

テニスの錦織選手や大坂選手が、コートのライン上に神業ショットを決めるとき、そこには「絶対に入る」という不動の自信があるはずです。「外すかも……」という不安が頭をよぎった瞬間、神様は離れていくのだろうと思います。

 

脳は、不思議さと面白さに満ちています。たとえ病気で脳の機能のあちこちが落ちていたとしても、安心、自信、余裕さえあれば、思いもかけない力が出てくるはずです。人も自分も「もうできない」と思い込んでいることだって、きっとできてしまうと思うのです。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第22回終了)

 

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