第17回 「言葉」という人災

第17回 「言葉」という人災

2018.6.06 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

幻視は「脳の誤作動」という自分なりの答えをつかんだ私は、心の中で拳を振り上げ宣誓しました。「もう幻視なんか怖くない。私は自由だ」と。

怪物の着ぐるみから脱し、軽くしなやかになった全身に、力が満ちるのを感じました。体調の不安定さは続き、寝込んでしまう日もありましたが、私は、健やかでした(前回の話)

 

でも、そこに脱ぎ捨てられた着ぐるみを見て、不思議に思いました。

「これはいったい何だったのだろうか」。

変わったのは「言葉」だけで、私は初めから、ずっと私だったのです。

 

1冊のコミックとの出会い

 

怪物の着ぐるみの中にいたころ、私は、幻覚にベッタリと付いた「異常者」という言葉に怯えていました。その焼印を押されても、この社会の中で、今まで通り生きることができるのだろうか……。人目のない薄暗い道で、突然口を塞がれて連れ去られるように、きっと世界は変わってしまうのだとしか思えませんでした。

では、幻覚のある人たちは、本当に「異常者」なのでしょうか?

 

私は、幻覚(主に幻聴)で知られる統合失調症(2002年までの病名は「精神分裂病」)について調べはじめました。診断の翌年(2014年)のことです。

 

私はそれまで、統合失調症を名乗る人とも、その家族だという人とも、一度も会ったことがありませんでした(病気を公表してからは、何人もの方と出会い、お話しするようになりました。以前からの友人たちが「実は家族が……」と明かしてくれるようにもなりました)。

 

「統合失調症の人」といえば、若いころ読んだ古い小説の中の描写が、まず浮かびました。それは恐ろしさを強調したものでした。「現在では、薬で改善する」と知識としては知っていましたが、会ったことのない人の病気は、行ったことのない国のように遠く、自分とは接点がないように感じてきました。

 

そんな私が最初に手にしたのは、統合失調症の実母との半生を描いたコミックエッセイ『わが家の母はビョーキです』(中村ユキ著、サンマーク出版)でした。

家族の視点から描く症状や体験は、以前少しだけ読んだことのあった医学的な解説とは、まったく違っていました。

 

こんなに多くの共通点が!

 

驚いたことに、統合失調症の母親と私には、共通点がたくさんあったのです。

 

・全身の病気であり、体調に大きな波があること。

・症状は、よい人間関係や安心によって改善し、ストレスや疲れで一気に悪化すること。

・薬の副作用で悪化することもあれば、自分に合った適量の薬で大きく改善することもあること。

・脳の機能が落ちてぼーっとすることがあること。

・感覚過敏があること。

・とても疲れやすく、すぐ体がつらくなり、寝込んでしまうこと。

・自分の症状を自覚して苦しみ、不安やうつに襲われやすいこと。

・症状を家族にすら理解されにくいこと。

・病気を隠さざるをえない社会に生きていること……。

 

私は、この本に描かれる「妄想」と呼ばれる症状をまだ経験したことがありませんし、幻聴の内容など、違う部分はさまざまあります。それでも、この母親の抱えている困難と私の困難は深く重なりました。私は、仲間と巡り会えたのだと思いました。

認知症、精神疾患、さらに高次脳機能障害、発達障害……と縦に切り分けられたとき、その枠の中からは、つながりが見えません。でも、脳の病気や障害に共通する困りごと、生きにくさ、理解されにくさは、横に太く貫いていることにそのとき気づきました。

 

病気や障害の名前が違っても、この人は自分と同じ痛みを経験している。ただそう知るだけで、救われる気がするのはなぜでしょう。「私のこの苦しみは、誰にもわからない」という心の奥のヒリヒリした思いは、本当は幻想なのですが、自分一人ではどうすることもできないものです。孤立感と疎外感の沼に一度はまったら、自力では抜け出せません。手を伸ばし、泥の中から引っぱり上げてくれる誰かが必要です。その力をいちばん持っているのは、同じ痛みを抱えた人だと感じます。

 

私は本当に認知症? 

 

そのころ私は、自分の病状がどこにも分類されないという新しい問題にも直面していました。世の中に定着しつつあった「認知症」という言葉は、進行したアルツハイマー病を指すことがほとんどでした。

「認知症患者の脳は萎縮し、記憶障害が起こります」「認知症患者に自分が病気だという自覚(病識)はありません」「思考力や判断力が低下しても体力はあるため徘徊し、介護が大変です」といった説明を読んだり、テレビで聞くたびに、自分との接点のなさに戸惑いました。

 

ある1つのがんの症状が、すべてのがんの症状であるかのように説明したり、「これが、がんの人です」と重度の姿ばかりをテレビで流せば、誰もがおかしいと気づきます。しかし認知症に関しては、偏見を助長するような乱暴で偏った説明が、当たり前のように続けられていたのです。

 

私は、2013年に「レビー小体型認知症」と診断されたとき、「自分は認知症なのだ」と、疑うことなく思いました。アルツハイマー病のような記憶障害はなくても、注意障害など認知機能の低下で日常生活に支障をきたし、そのために仕事も失っていました。今は初期で軽度でも、医学書に書かれている通りに急激に進行し、10年以内には衰弱して死ぬ。そう思いつめていたのです。

(患者自身が読むことを想像すらしない専門家によって書かれた解説は、患者にとって凶器となります。希望も救いもない病気の解説は、そのまま患者自身の中で確定してしまうからです。)

 

あなたは本当に認知症?

 

しかし時間とともに、それは違うと気づきました。そして2014年3月に人から紹介され、民放テレビ局の取材を匿名条件で受けました。そのとき、怪訝な顔で繰り返し言われたのは、「認知症に見えない」という言葉でした。撮影後も「認知症に見えないから、映像は使えないかもしれない」と言われました。アルツハイマー病と異なる症状は、説明してもなかなか理解してもらえず、むしろ「そんな症状が認知症なのか?」という疑惑の目を向けられたのです。

 

私は、自分の診断名に付いた「認知症」という言葉の重みと絶望的な医療情報に一時期は潰れかけました。しかし、そこから這い上がって語り始めると、今度は「認知症ではない」とはじき出されたのです。私は、自分が属し、守られる場所がないことを知りました。「認知症の5人に1人はレビー小体型認知症」と本には書かかれているのに、現実には、「そんな病名は初めて聞いた」と言われ続けます。

 

そんななかで、自分の病気と症状をどう捉え、どう伝えれば人に理解してもらえるのかを、私は自分で調べ、自分で考えていくしかありませんでした。これから自分の病状がどうなっていくのかもわかりませんでしたが、とにかく自分の居場所を確保するために一人で闘っていかなければいけないのだと思っていました。

 

精神の問題じゃなくて、脳の病気

 

ところが、仲間は予想しない場所にいたのです。統合失調症と同じように「脳の機能障害」と捉えれば、私の病気や症状は、なんの矛盾もなく理解することができます。症状も違う多種多様な病気を、進行具合すら無視して「認知症」という単一の病気のように説明することが誤解の原因なのです。そう理解したとき、私はやっと腑に落ちました*1

 

私が「認知症」という言葉にこんなふうに振り回され続けてきたのと同じように、『わが家の母はビョーキです』の作者も、「精神病」という言葉に何十年も押しつぶされてきたことが描かれています。

 

作者は、地域生活支援センターの看護師から「統合失調症は脳の病気で、治療可能です!」と聞いて、「脳の病気!!」と驚くのです。幼少から見てきた母親の病気が、「精神の病気」ではなく「脳の病気」と知った瞬間に長年の怖さが消え、その後「正しい知識が入ってくるようになった」と記しています。正しい知識によって、母親は回復し、笑顔のある穏やかな暮らしと希望を取り戻すのです。

 

「病気のために、脳の機能がときどき不調になる」。それは、統合失調症の人も私も同じです。でも統合失調症の人は「精神が病んでいる」と言われるのです。

その言葉から、誤解や偏見以外の何が生まれるでしょうか。その言葉こそが、分厚く冷たい鉄の壁となって、彼らと社会を隔て、本人だけでなく家族をも追い詰めてきたのだと知りました。その理不尽さが、静かに深く突き刺さり、その跡は今も消えません。

「人格が崩壊して廃人になる」と言われ続けてきたことは、認知症も統合失調症も同じです*2

脳の病気を持つ私たちは、私たちの内面で起こっていることを知らない人たちから一方的に付けられた症状名や解説に絶望し、翻弄され、居場所を奪われてきたのです。私たちを社会から切り離すのは、単純な無知や根拠のない偏見ではなく、専門家の冷酷な解説だと、私は感じていました。それは病気の症状そのものよりもずっと重いものでした。これは人災だと、私は思い至りました。

 

*1 現在でも「認知症は物忘れの病気」と広く信じられていますが、「認知症」は「病名」ではありません。医学的には、認知障害のために日常生活や社会生活に支障をきたすようになった「状態」を示す言葉です。「状態」は、人間関係や生活環境によって悪化も改善もします。認知症を引き起こす病気は、約70種類以上あるといわれ、症状はそれぞれ違い、レビー小体型認知症のように初期には記憶障害が目立たない病気もあります。

 

*2 統合失調症の発症率は、人口の約1%ですから、決して珍しい病気ではありません。同じ発症率では、てんかんがあります。30歳以上の男性の痛風、高齢者のパーキンソン病(レビー小体型認知症とは同類の病気)、成人の吃音も約1%といわれています。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第17回終了)

 

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