第16回 牢獄に差し込んだ光

第16回 牢獄に差し込んだ光

2018.4.16 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

NHKのディレクターと会ったのは2013年の夏でした(前回のお話)。その秋、病気に対する私自身の認識を変える出来事は続きました。
 

まず、同じ世代の同病の女性を苦労して探し出し、初めて話しました。ロビンソン・クルーソーが、無人島で人間と遭遇したかのようでした。実際、自分と同じような病状の人間が、他に存在するのかどうかすら、わからずにいたのです。「認知症には見えない」と人から言われれば、「私だけが特殊なのか…。他にはいないのか…。」と考え込んだりもしました。しかし、私と同じ症状があり、私と同じようにそれを語ることのできる人はいたのです。

 

その後、親しい友人に病気を打ち明け、なんの偏見もなく、そのままに受け入れられたときには、救われたと思いました。長く自分を苦しめてきた、病気を知られることへの恐怖感や耐えがたい孤独感は、自分自身がつくり出していた幻影だったのだと気づきました。

 

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本や論文に救われた

 

そのころ私は、脳について書かれた本を乱読していました。自分の病気に関しては、専門書や論文も読みました。「自分に何が起きているのかを知りたい。絶望的な情報に抗うための手段を、進行を少しでも遅らせたるための方法をみつけたい。」それは、誰にも止めることのできない強靭で切実な欲求でした。

 

当時は発作のように、突然具合いの悪くなる症状を頻繁に起こしていました。高熱が出たときのように急にぐったりし、頭も働かなくなるので、新聞も読めなくなります。字は分かるのですが意味をつかめず、すぐ脳が疲れ切り、痛みを感じるのです。

 

でも、それ以外のときは、慣れない医学用語を一つひとつネット辞書で調べながら、時間をかけて論文を読むことができました。調子が良いときでも「100引く7」がわからないときがあるのに、論文は読める。それが自分でも不思議でした。認知症とついた病気を診断されたら、すべての脳の機能が、いっせいにダメになっていくと思っていたからです。

 

しかし予想に反し、脳の機能低下は、かなり限定的なのだとわかってきました。病気の進行は常に頭から離れず、不安が消えることはなかったのですが、私を診断した医師の言葉や本に書かれている説明ほど救いのない病気ではないんじゃないか……と、少しずつ思えるようになっていきました。特に幻覚に関しては、科学的な知識が、希望への扉を開いたのです。

 

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何かがすーっと動く

 

私には今でも、幻視や錯視のほかに、「物が動いて見える」という現象があります。最初に気づいたのは、診断の少し前です。視野の端、斜め上あたりで、何か黒っぽい小さいものが不意にヒューっと動いたと感じることが、繰り返し起こるようになりました。

 

これはなんという名前の現象なのだろうかと思って検索しても、症状名を見つけられませんでした。しかし脳腫瘍のある友人に話すと「私もよくあるよ」と言うのです。私の時間感覚の障害と同様に、「名前のない現象」は本人にすら認識されにくく、語られることが少ないため、専門職からも注目されていないのかもしれないと思いました。

 

その後、動くものは、徐々に視野の中央に入ってきました。台所の壁についた黒い小さな汚れや、白い皿に垂れた一滴の醤油などが、すーっと5cmくらい直線的に動くのです。凝視していると動き出すのではなく、視野の中でその一点だけが突然動き出すので、目を引きます。動きはすぐに止まるのですが、形はくっきり見え続けています。まるで手品を見ているようです。

 

薬局で薬が出るのを座って待っていたとき、窓の外の景色全体が、電車が発車したときのようにすーっと流れたことがありました。大仕掛けの映画のセットのように、部屋全体が動き出したと一瞬感じました。でも、そんなはずはありません。きっと外の道路を走る車の動きが起こした目の錯覚だろうと考えたのですが、その時、その場で繰り返し起こったのです。

「幻覚症状には、こんな不思議なものまであるのか〜」

怖さよりも面白さが勝った最初の幻覚でした。

 

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MT野ニューロンの誤作動?

 

「動いて見える」という名前もわからない症状に、私は惹きつけられました。幻視の虫がリアルに蛇行しながら飛び回る動きと比べると、その直線的な動きは、あまりにも単純です。「私の脳の中で、何が起こっているんだろう?」長い冬を越えて発芽した好奇心は、その後、光を求めてぐんぐん伸びていきました。私は本を読み漁りました。

 

そんなある日、池谷裕二著『単純な脳、複雑な「私」』に、「脳の中のMT野ニューロンが活動すると脳は動いていないものも動いていると判断する」という文章を見つけたのです。

私は、飛び上がりました。

「これだ! 私の問題のひとつは、MT野ニューロンのスイッチにあったんだ」探検家が、探し求めた秘宝を見つけたように、私は興奮していました。

 

MT野ニューロンについて深く調べたわけではありません。ただ、誰も説明してくれない自分の症状の仕組みを、自分の力で、ひとつでも理解できたことが、飛び上がるほどうれしかったのです。文字を知らず、文字に接するたびにオドオドとうつむいていた成人が、独学で文字を学び、生まれて初めて単語が読めたら、こんな気持ちになるのかもしれません。

 

他人から見れば、小さなことでしょう。でも私は、奪い取られた人権のひとつを自分の手で取り戻したように感じました。私は、もう無力な患者ではありません。

 

当時、認知症とつく病気を診断されると、あらゆる困りごとは、「認知症だから」の一言で片づけられることが一般的でした。単純な計算ができない、突然地図がわからなくなる、料理が苦手になる、今日が何日かわからない……。こうした私の症状は、「認知症で思考力が低下したから」と一般には説明されてきたのです。

 

私も含め、診断されたばかりの本人や家族には、その一方的な説明に反論する知識がありません。そのまま鵜呑みにしたり、「自分の実感とは違う」と違和感を抱きながらも受け入れるしかなく、診断と同時に自信を失い、打ちのめされてしまうのです。

「幻視は、レビー小体型認知症で早期から目立つBPSD(行動・心理症状、周辺症状、精神症状、問題行動)」という解説を読むたびに、私は、自分を冤罪で真っ暗な牢獄に閉じ込められた囚人のようだと感じました。MT野ニューロンの説明は、その牢獄に差し込んだ一筋の光だったのです。

 

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幻視は珍しいことじゃない

 

体調は安定することがなく、それと同期して精神状態も乱高下する日々が続きました。それでも私は、さらなる光を探し求め、幻視について多くを知りました。

 

ラマチャンドラン、ブレイクスリー著『脳の中の幽霊』やオリバー・サックス著『見てしまう人びと――幻覚の脳科学』といった本からは、シャルルボネ症候群という幻視の症状を知りました。視覚に障害を持つ人の15%に、認知機能の低下や精神的な問題がない状態でも、幻視が起こるというものです。これを読みながら、その体験者の語る幻視と私の見る幻視は似ていると思いました。偏見を恐れて幻視を人に語らないということも同じでした。山鳥重著『脳からみた心』のなかにも、似た症例が書かれていました。本人が語らないだけで、私と同じ症状を持つ仲間は、想像以上に多いと推測できました。

 

また、健康な人でも特定の条件の下では、幻視が現れやすいということもわかりました。

 

千日回峰行という天台宗の苦行で、比叡山山中を1日48km、1000日間歩き続けていると、天狗や狐が見えるようになるそうです。事故や雪山での遭難で瀕死の状態になると、光や、亡くなった家族や、天使などが見えるという話も数多くあります。危機的状況でなくても、瞑想を続けていると、目をつぶった状態で鮮やかな幻が見えるようになるとか、金縛りに幻視や幻聴が伴うことがあるとか、幻視に関する記述は次々と見つかりました。

 

神秘体験として語られることが多いのですが、幻視は、それほど珍しい現象ではないのです。人の脳には、生まれながらに幻視や幻聴を起こすスイッチが備わっているようなのです。私は病気によって、そのスイッチに誤作動を起こしやすい脳になったのだと理解しました。

 

2014年の秋、私は、この病気に対するさまざまな誤解を解くために病気を公表し、実名で社会に向けて発言していこうと決めました。長く深く悩み抜いたのですが、決断し、「これからは、堂々と生きていくぞ!」と心の中で叫んだとき、清々しい風が全身に吹きわたったように感じました。そのころから幻視は急に影を潜め、1年余りのあいだ、姿を見せることはありませんでした。

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第16回終了)

 

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