第14回 幻視という孤独

第14回 幻視という孤独

2018.2.14 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

天に舞い上がる大きな白い鳥

 

2013年に抗認知症薬治療を始める前の私は、次から次へと現れるさまざまな幻視・錯視に翻弄され、おびえていました。

 

ハエやクモを見ることが最も多かったのですが、壁が突然、半球状に盛り上がったり、カーペットの模様や写真の中の物が動いたりするなど、「なんだこれは!?」と震え上がることがたびたびありました。ただ、幻視や錯視は、怖いものばかりではありません。

 

ある日、近所の交差点で大きな白い鳥が空に向かって飛んでいくのを見つけました。白サギのような真っ白な鳥ですが、もっと大きくて羽や尾が長く、品のある、とても美しい鳥です。

 

「なんという鳥だろう? あんなにきれいな鳥がこんな住宅地にいるなんて……」

 

羽ばたくというよりも、ゆらゆらと天に舞い昇っていく動きは、舞踊のようです。私は、見たこともない優美な姿に息をのみました。

 

「美しい……」

 

夢中になって見つめると、艶のある繊細な羽の一枚一枚が見えました。私はすっかり心を奪われていました。なんだか胸がいっぱいになり、震えるような気持ちで見つめていると……それは一瞬にしてスーパーのレジ袋に変わったのです。
 

私は、しばらく動けませんでした。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

抵抗と無力感

 

今なら「こんな素敵な錯視が見られるなんて!」と素直に喜べると思うのですが、そのときは全身の力が抜けるのがわかりました。

 

「この世界の何が本物で何が幻なのか、私にはもう区別がつかないんだ。私は、私を信じることも、私が目にする世界を信じることも、もうできないんだ」と思いました。進行の早い病気だとどこにも書いてありましたから(現在はそれを否定する医療者は増えています)、幻視はこれから日々増殖して、私の世界を徐々に塗りつぶし、その混乱のなかで一人で生きていくことになるのだと信じていました。

 

「本当にそう見えるだけなのに」とどれだけ訴えたところで、誰もそうは思ってくれないだろうという絶望と諦めもありました。そのころレビー小体型認知症の症状をネットで検索すると、「比較的早期から幻覚(幻視)・妄想が現れ、ありもしないものをいるといって騒ぐなどの問題行動(精神症状、周辺症状、BPSD)が起こります」といった記述ばかりが出てきました。切り離してはいけないセットのように、必ず「幻覚・妄想」と書かれていることに、激しい抵抗と、同じくらい強い無力を感じました。

 

今はすっかり減りましたが、その症状への介護者の嘆きや嘲笑の書き込みも数多く見られました。そんな言葉を見ると私の全身は急にこわばり、うずくまってしまいました。そのままゴロンとパソコンの前に転がり、再び動けるようになるまで、しばらく石のように固まっていました(これは自律神経症状と脳の脆弱さからくるものでしょうか。今でもストレスで体調と脳の機能が急変します)。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

誰にも知られたくない!

 

幻視を人に知られることへの恐れは、お腹の底に、固く重く積もっていきました。「私は、人が見えます」と他人に言えば、「私は、人を殺しました」と同じ反応を引き起こすだろうと思いました。

 

病気のことも幻視のことも、家族や友人にすら話せませんでした。今のように希望を持てる情報があれば話せたでしょう。でも当時は、絶望的な情報しかありませんでした。病気のことを伝えれば、ただ悲しませ、心配させ、苦しめることにしかならないだろうと思いました。私は、経験したことのない孤独のなかにいました。

 

人と話しているときに幻視が現れることは滅多になかったのですが、万が一にもうっかりした言動で気づかれることがないようにと、人と会うときは緊張していました。今振り返れば、喜劇ですが……。

 

あるとき、近所のファミリーレストランで人と話をしていると、大きなハエが2匹飛んで来ました。「出た! 幻視だ!」と思いました。清潔な飲食店にハエが2匹も飛んでいるとは考えにくいからです。ハエは目の前をしつこく飛び続けるので気が散って困るのですが、そんなものはまったく見えないフリを続けました。早く消えてほしい、私のほうにだけは来ないでほしいと願いながら……。すると目の前の人が、鼻先のハエを手で払ったのです。「本物なんだ!」内心とてもびっくりしたのですが、それも隠して微笑んでいました。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

「おまえ、本物か?」

 

当時はひどい体調不良で、あまり外出をしないこともあり、幻視の多くは家の中に現れました。一時期はハエを見つけると、それが本物か幻視かを確認するためにどこまでも追いかけ回していました。でもしつこく追いつづけ、「本物だ!」と確信した瞬間に目の前で消えると、心身へのダメージが大きいのです。それだけで体調が悪くなるので、間もなく追いかけるのをやめました。幻視におびえ、振り回される生活にもすっかり疲れ、「もういい、幻視でも本物でもどっちでもいい」と思うようになっていきました。

 

散歩をしていて、葉っぱの上にあまり見かけない大きな芋虫を見つけたことがありました。コロコロと太った姿がかわいくて、「おまえ、本物か?」と声をかけました。芋虫は返事をしませんが、消えずにそこにいてくれました。無言で私に寄り添ってくれているかのようでした。

 

幻視に翻弄された日々だったのですが、そこに惹かれる部分も、実はわずかにあったのです。自分の意思に関係なく、実在しないものが突然見えるという未知の現象を「おもしろい」と思っている別人格の自分が、打ちのめされている自分のなかにも確かにいたのです。この不思議な現象が何なのかを知りたい、突き止めたいという思いも、初めは小さな芽でしたが、その後グングン伸びていくことになりました。

 

一方、「病気が進行する前に消滅してしまいたい」という願いもまた、私の意志を無視して、長いあいだ心の奥に居座りつづけていました。しかしどんなに情けなく困っている最中でも、どこかで自分の症状をおもしろがっている部分がかすかにあって、それでなんとかなっていたんだなと思います。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像

子どもにだけは知られたくなかった……

 

2013年6月にレビー小体型認知症と診断され、抗認知症薬が処方されると、さまざまな症状が改善しはじめました。幻視もぱたりと姿を消しました。その夏は自律神経の症状で汗が出ず、日々熱中症のようになるので、その対応に気を取られていて、気がつけば1か月以上、幻視のない生活をしていました。

 

そんな8月の熱帯夜の晩、子どもの運転で買い物に出かけました。店の駐車場に停車すると、私は、子どもより先に助手席から降り、車の前方に歩いて行きました。すると、停めたはずの車が、ズルズルと私に向かって前進してきたのです! 駐車場は平地です。ギアがローのまま、サイドブレーキもかけていないと瞬時に思いました。

 

「ブレーキ、かけなさい!」

 

私は怒鳴り、あわてて運転席側に走り出しました。驚いた顔でドアの脇に突っ立っている子どもを突き飛ばして車に飛び込み、サイドブレーキを引きました。

 

……ブレーキは、すでにかかっていました。その瞬間、自分が何をしたのかを理解しました。

 

「あんまり暑くて、頭がおかしくなった!?」

 

覆いかぶさるように、子どもの声がしました。驚き、困惑した子どもの顔を見ながら、「言い繕うための言葉を探さなければ、今すぐ何かを言わなければ……」と思いました。でも頭の中には重苦しく詰まった灰色の雲しかなく、当時頻発していた「脳が正常に働かないモード」に切り替わっていることを自覚しました。このモードになったら、知恵どころか、普段できることもできなくなります。

 

「子どもにだけは知られたくなかったのに。最大限の努力で隠し通してきたのに……」

 

自分が現実からスルリと抜け出してしまい、そこにはいないかのような感覚のなかで、「私は今どういう顔をしているんだろう。どういう表情にすればいいんだろう」とぼんやり考えていました。たぶん私は、とても間の抜けた顔をしていたと思います。

 

でも、幻視で苦しい思いをしたのは、これが最後だったように思います。レストランで運ばれてきた料理の上に何十匹ものウジ虫が這っていたとき「なぜ私だけが、こんなものを見なければいけないのか!」と思いましたが、黙っていたので一緒にいた家族にも気づかれませんでした。

 

いよいよ次回から、幻視が脅威でなくなっていきます。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第14回終了)

 

←第13回はこちら 第15回はこちら→

 

トラックバック

http://igs-kankan.com/mt/mt-tb.cgi/1091

コメント

このページのトップへ