第10回 夜目遠目も脳の内

第10回 夜目遠目も脳の内

2017.11.02 update.

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樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

今年もまた金木犀の季節。あの花を香りではなく目で見つけるたびに感じる軽い衝撃と寂しさは、何年経っても同じなんだなと知りました。

 

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光の拷問

 

私の嗅覚障害は第2回で書きましたが、五感のすべてに異常が起こることは、医療者にもあまり知られていません。取材を受けても、幻視の話で時間切れになり、人に話す機会もないままでした。

 

五感の異常は、突然出たり消えたりしますが、常に苦手なのは、明るさの変化です。自律神経障害で瞳孔の調節がうまくいかないそうです。動画を映していた部屋の照明がついたときや、夜に店に入ったときなど、光が目から脳に突き刺さるように感じます。頭痛とは違うのですが、拷問です。この苦痛は、病気をする前には経験したことがありませんでした。

 

明るい店の中で、目をおおって逃げるように移動する姿は、警官がいれば、呼び止められそうです。夜間であろうが、つばの広い帽子をかぶっていればよかったとか、サングラスを持ってくればよかったとか、そのときには真面目に後悔するのですが、突然明るくなるという場面は日常生活の中では少ないので、ついつい油断して、また痛い目にあうのです。

 

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『風立ちぬ』が痛い

 

宮崎駿監督の「風立ちぬ」を映画館で観ていたとき、闇から光に出るシーンで「ギャッ!!」っと叫んで、周囲のひんしゅくを買いました。目は潰れるかと思い、脳にも衝撃を受け、加えて恥ずかしさと申し訳なさと情けなさで、映画を観るどころではなくなりました。「私は、好きな映画すら観られないのか。私の行動範囲は狭くなる一方なのか」と思うと涙が出てきましたが、まわりもみんな泣いていたので同化していました。

 

それ以来、映画館で映画を観るのはためらいます。テレビでは、てんかん発作予防のために点滅シーンの前に警告が出るようになりました。映画館でも急に明るくなる前に警告を出してくれたらいいのにと真剣に思っています。白内障でも眩しくなると聞きましたし、さまざまな病気や障害で明るさに適応できない人は、きっと少なくないでしょう。

 

夜の照明は常に眩しいので、自宅は欧米の家のように薄暗くしています。テレビの光も目に刺さる感じがあり、夜は、サングラスをして観ていましたが、今はほとんど観なくなりました。

 

夜の運転をしなくなったのは、5年ほど前です。車のライト、信号機の光、道路沿いの店の照明など、光に目がくらんで、車線がよく見えないのです。LEDの光はレーザー光線のようで、信号機や車のブレーキランプは、助手席にいてもつらいので、目をつぶっています。運転にまつわるその他の問題は、また別の機会に書きたいと思います。

 

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夜に取り残されて

 

まぶしさなどの目の不都合は、心身の疲れやストレスで一気に悪化します(ストレスは、自律神経に作用して瞳孔を開かせるそうです)。次回書く予定の聴覚、味覚、触覚などの五感の異常も同じです。

 

一日の疲れが出やすく、五感の異常も体調不良も起こしやすい夜には、ほとんど外出しなくなりました。病気をする前は大好きだったお酒も賑やかな宴会も脳に響くようになり、幼児の生活です。こんな症状は誰も知らないので、単に人づきあいが悪いと思われているでしょう。楽しそうな飲み会の写真をSNSで見ると、自分だけが人類でなくなったような気がします。

 

五感の異常は「生命に関わるわけではない」と、医師も気に留めません。でも、人と楽しく交流する機会が制限されますから、QOL(「クオリティ・オブ・ライフ」)への影響は、想像以上に大きいのです。「生活の質」ではなく「人生の質」を変えられてしまいます。

 

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夜、文字が見えないのは……

 

パソコンは明るさを調整できるので、ギリギリまで照度を下げています。でも暗い所で視力がひどく落ちる症状もあり、夜は、文字がとても見にくくなります。そのままディスプレイを見続けていると、やがて字はかすんで消えます。青色は特に見にくく、昼間読めた青字の文章が、夜は読めないことを不思議に思っていました。

 

青色が見えなくなることも、暗い場所での視力低下と同様に、レビー小体病特有の症状と医師から聞いたときは驚き、「目まで壊れていくのか」とぞっとしました。その後、老化によって最初に見えにくくなる色が青色と知り、びっくりしました。なんのことはない。私は、目が高齢者なのです。レビー小体(レビー小体病の原因とされているたんぱく質の塊)は、最新型秘密兵器と複雑な作戦で私の目を破壊しているわけではなく、単に目をお婆さんにしただけなのです。

 

だから私は「目の障害」などとは考えずに、単に70代、80代の目を先取りして体験させてもらっているんだと思うようになりました。薄暗いレストランでメニューがまったく読めない私を不思議そうに眺めている若いウエイターの男性も、あと40〜50年したらちゃんと同じ体験ができます。

 

そうです。高齢者がマジョリティとなる近未来には、店の照明、道路の明かり、階段、電車の優先席、駅の券売機、ATMと、あっちこっちが高齢者仕様となり、これから病気になる人たちは、全員その恩恵にあずかれることでしょう。早く来い来い、超高齢者社会。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第10回終了)

 

 

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