第9回 眠るという苦行

第9回 眠るという苦行

2017.10.02 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

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「眠れないのが普通」の15年間

 

眠ることが好きではなくなって15年くらい経ちます。

 

睡眠とは、なかなか大変な行いです。若いころは、どんな環境であろうとストンと寝入って熟睡し、さわやかに目覚めました。今思えば、とんでもない身体能力です。脳が飛び切り健康でなければ、そんな技は使えません。「健常」の条件は、「頑丈と鈍感」かなと思ってしまいます。

 

私の病気は、アルツハイマー病と比べ、かなり早期から睡眠障害を起こしやすいことがわかっています。私も41歳で受診したきっかけは、不眠でした。頭痛と倦怠感もひどく、「とにかく眠らなければ仕事にならないから薬だけもらって帰ろう」と気楽に考え、大きな総合病院を訪ねました。開業医よりは当たり外れが少ないかと思ったからです。その後6年間「うつ病」患者として通院し続けることになるとは、想像もしていませんでした。

 

(うつ病と誤診されるレビー小体病患者は多く、過半数は薬剤過敏性という特徴を持つため、薬の副作用に苦しめられることになります。私に出た副作用も深刻でした。毎年自動的に替わる主治医に薬をやめたいと伝え、初めて同意してくださったのが最後の主治医でした。抗うつ剤を止めて6年ぶりに元気になりました)

 

それから15年近く、波はありながらも、よく眠れないのが普通になっています。

 

睡眠導入剤を長年増量しながら使っていましたが、あるとき、まったく効かなくなりました。それなのに頭の違和感だけが翌日まで残るので、完全に止めました。頼れるものはないとなれば、思考もガシャンと切り替わります。「1日2日眠れなくたって、死にゃあしない」と呪文を唱え続けているうちに、眠れないことへの不安感も薄れ、たぶんそれだけで、眠れない夜はずいぶん減ったと思います。

 

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悪夢と寝言

 

さらにこの病気では、レム睡眠行動障害を発症前から高い頻度で起こすことがわかっています。寝言を隣の部屋まで聞こえる大きさ、明瞭さで話したり、悪夢に絶叫したり、夢のとおりに動いたりする症状です。

 

私が悪夢を見て大音量で叫ぶようになったのは、睡眠障害を起こす数年前からでした。一時期は、同じ夢を繰り返し見ました。

 

私は一人で外国の狭い路地を走って逃げています。壁に囲まれた迷路のような道。通行人の姿はありません。私を殺そうと追ってくる人物は、すぐそこまで迫っています。ついに行き止まりになり、逃げようとしても恐怖で体が動かず、叫ぼうとしても喉がつまって声が出ません。叫ぼうと、何度も力を振り絞っているとき、なたのようなものが私の頭に振り下ろされます。

 

自分の叫び声に、「どうしたんだ!?」という夫の叫び声も加わって飛び起き、しばらくは息を切らしていました。

 

しかしここ数年、この夢は見ていません。たぶん、もう見ない気がします。病気をきっかけに、私は、より無理なく生きられるように変わりました。

 

ここ1年くらいはさっぱり夢を見ず、夢を見ないのも脳の異常なのだろうかと思っていました。ところが先日、そのことを夫に話すと、意外な事実がわかりました。

 

「え!? すごく大きな声で、よく寝言をベラベラしゃべってるよ。あれを覚えてないの!?」

 

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夢とうつつの狭間にて

 

夢を含めた睡眠中の脳の活動は、まだわからないことが多いのだと思います。同病の友人からは、「現実と区別のつかないリアル過ぎる夢を毎晩ずっと見ているから、眠った気がしない。24時間起きて活動しているみたいで、疲れが取れない」と聞きました。

 

眠った気がせず、毎朝、目覚めたときから疲労感があるのは私も同じです。この病気は、覚醒と睡眠のスイッチに異常が起こると医師から聞きましたが、ほかにもいろいろ理解できないことが起こります。

 

布団に入って、まだ起きているのに夢が始まることがあります。「眠っていないのに、なぜ夢が始まるんだ?!」と驚きました。周囲の音をすべて知覚しつつ夢を見ているのです。

 

また、レビー小体病の幻視(錯視)に、部屋が歪んで見えるというものがありますが、私は夢の中でそれを繰り返し見ました。

 

夢にストーリーはありません。私は部屋に寝ていたり、座っているのですが、部屋中がぐにゃぐにゃと歪み、大きく揺れています。泥酔したときの感じに少し似ていますが、もっと激しく世界が湾曲し、波打つので、どの方向が天井なのか、床なのか、よくわかりません。体も脳貧血を起こして倒れる寸前のようで、とても苦しく、気分が悪く、危機的な状態です。それでもなんとか立ち上がろうとするのですが倒れ、また這い上がろうとしては倒れるということを繰り返しています。

 

夢から覚めても、頭に強い違和感と重さが残り、胸のむかつきも消えません。苦しくて動けず、そのまま横になっているうちにまた眠ってしまうということもあります。ただの夢ではなく、脳の中で何か異変が起こっていると感じるのですが、医師にも仕組みはわかりません。

 

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脳がつくりだした「現実」

 

でも一度、私は、その夢に太刀打ちできたことがあります。

 

今回は、夢の中で目を閉じた。するとただの暗闇になり、めまいの感覚はほぼ消えて、私は、部屋を伝い歩きで移動することができた。/私は、克服した。目が覚めて、嬉しかった。/症状に翻弄されるばかりじゃない。克服することだってできる。/これから見ることになる幻視だって、きっと何か対応策を見つけられるだろう。

『私の脳で起こったこと』71頁(2012年2月24日の日記)

 

現実と信じている世界も、目からの情報を脳がさまざまに選択したり補ったりして再構成した映像にすぎないといいます。夢も現実も「脳が見ている」という点では変わりありません。夢と比べればあまりにも単調ですが、私の症状の幻視も、脳がつくりだしている「現実」です。

 

現実と夢と幻。そこには、本当も嘘も、正しいも間違っているもないでしょう。人は、現実にはないものを見ることができるからこそ、美しく豊かな世界をつくり、決して見ることのできない永遠と、つながってきたのですから。

 

第9回写真.jpg

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第9回終了)

 

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