第8回 私の家の座敷童子

第8回 私の家の座敷童子

2017.9.11 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

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誰かいる!

 

その日も私は、いつものように一人で居間にいました。家族は、仕事や学校に出かけています。突然、隣室からガサガサという物音。驚いて扉を見つめると、中からは、せわしなく引き出しを開けたり、物を動かしつづける音が……。
 

(誰かいる!何か探している!)

 

しかし、泥棒であれば、隣の部屋にいる私の存在を知らないはずはありません。窓をこじ開けて侵入した物音もありませんでした。あんなに大きな物音を立てつづけているのも変です。もしかして……。

おそるおそる少しだけ開いた扉から見る部屋には、人影も物色された跡もなく、物音はすでに消えていました。これは2013年に何度か経験した幻聴です。

 

その少し前には、こんなこともありました。

昼食後、ダイニングテーブルについたまま一人で座っていると、私のすぐ後ろをすーっと人が通り過ぎました。姿は見てはいないので、気配なのですが、気のせいなどという曖昧なものではなく、たしかに誰かが私の真後ろを通ったと断言できる生々しい感覚です。椅子から飛び上がるように後ろを振り向き、私以外誰もいない部屋で、一人凍りついていました。

 

これは診断される前のことで(2013年)、それがレビー小体型認知症の症状の一つ(「実体的意識性」)であることは、まだ知りませんでした。どちらも精神状態に問題はなく、当時頻繁に起こしていた意識障害の状態でもなく、ありふれた日常の中で突然起こったことです。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpg

「神」を発見する人か、異常者か

 

2014年に柳田國男著『遠野物語』(岩手県遠野地方に伝わる逸話集)を読んだとき、座敷童子の記述は私の症状と同じだと思い、「自分のことのようだ」と拙著に記しました(『私の脳で起こったこと』200-201頁)。

 

旧家にはザシキワラシという神の住みたもう家少なからず。この神は多くは十二三ばかりの童児なり。おりおり人に姿を見することあり。土淵村大字飯豊(いいで)の今淵勘十郎という人の家にては、近きころ高等女学校にいる娘の休暇にて帰りてありしが、或る日廊下にてはたとザシキワラシに行き逢い大いに驚きしことあり。これは正しく男の児なりき。同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物しておりしに、次の間にて紙のがさがさという音あり。この室は家の主人の部屋にて、その時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思いて板戸を開き見るに何の影もなし。しばらくの間坐りて居ればやがてまた(しきり)に鼻を鳴ならす音あり。さては座敷ワラシなりけりと思えり。この家にも座敷ワラシ住めりということ、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿たもう家は富貴自在なりということなり。

【遠野物語17】

 

2016年には、この『遠野物語』に書かれた座敷童子の証言を分析して、「レビー小体型認知症の症状との類似点が多い」と結論づけた論文が発表されました★1

 

幻視・幻聴もそうですが、座敷童子の仕業とされた「枕返し」(寝具の散乱)もこの病気で発症前から起こりやすい「レム睡眠行動障害」(夢を見ながら大声で話したり、叫んだり、激しく動く症状)ではないかと書かれていました。私にもこの症状があります。

 

座敷童子との類似性に驚きはなかったのですが、不思議に思ったのは、座敷童子が「神」であることでした。その家に富と名声をもたらす福の神なのです(座敷童子が去った家には不幸が訪れるとも書かれています)。

 

なぜ疫病神ではなく、福の神になったのでしょうか? 座敷童子の発見者は、病人と推測されているのに……。

 

平均寿命が短く、病気が進行して認知症状態に至るまで生きることはなかったのでしょうか? 自律神経症状が起こす体調不良に苦しめられることすらなかったのでしょうか? あるいは、「異常者」の烙印を押される現在とは違って、「福の神の発見者」として皆から悦ばれ、尊重されることで、非常に良い精神状態を保ち、そのためにほとんど進行もしなかったのでしょうか(私は、悪いストレスを受けると多くの症状が一気に現れ、一時的に病状が悪化します。良い精神状態のときには、多くの症状が消えます)。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpg

ストレスがかかると「夕焼け小焼け」

 

幻聴は、座敷童子が出る以前にも、時折ありました。いちばん多かったのは、音楽。常に同じ。毎日夕方5時に町内放送のスピーカーから鳴り響く音質の悪い「夕焼け小焼け」です。

 

あるとき、午後3時ごろにこの放送が聴こえ、なぜこんな時間に流すのだろうと思いました。窓を開けて耳を澄ますと、たしかに5時に鳴るあの「夕焼け小焼け」が外から聞こえてきます。そんなことが繰り返しあり、「本物にしか聞こえないけれども、時間が違うから幻聴なのだろう」と考えました。

 

「夕焼け小焼け」の幻聴は、今から13年前にうつ病と誤診されたころにも何度かあったのです。当時は幻聴という言葉すら思い浮かばず、「なぜ音楽が聴こえるんでしょうか?」と主治医に質問しました。「う〜ん」と唸ったまま、主治医からの明確な返事はありませんでした。

 

今年のゴールデンウィークに6000字の原稿★2の締め切りが迫り、毎日異様な頭痛と闘いながら書いていたときにも、久しぶりに「夕焼け小焼け」が現れました。

 

ただそのときは、外部ではなく、自分の脳の中でだけ鳴っているなと初めて感じました。幻視の羽虫も久しぶりに目の前を飛び、脳の激しい疲労とストレスが、幻覚を引き起こす一因となることを確認できました(2013年〜14年には、日常的に幻視があり、幻聴、幻臭、痛みなどの体感幻覚もあったので、「幻覚はストレスとも体調とも関係がない」と考えていましたが、診断前後の絶望からくるストレスに常時さらされていたともいえます)。

 

病気でなくても、死別や雪山での遭難など、脳に強いストレスがかかったとき、幻覚(幻視や幻聴)が起こる仕組みを人は誰でも持っているのではないでしょうか。完全に音を遮断した空間に長時間閉じ込められると、多くの人に幻聴が起こると医師から聞きました。脳にとって無刺激は耐え難いストレスであり、脳は刺激を求めて自ら幻をつくり出すそうです。

 

樋口本文(蜘蛛の糸に水滴)@かんかん!.jpg

忘れられない目

 

とはいえ、多くの人は、幻覚を冷静には受け止めません。私自身がそうでしたし、夫も同様でした。診断されて間もないころ、忘れられないことがありました。

 

明け方、子どもが先に起き出してきて、台所の棚を開けたり、冷蔵庫を開けたりしています。私は、台所の隣の寝室の布団の中でそれを聞き、「朝ごはん、もうちょっと待ってて〜!」と大きな声で伝えました。

 

「どうしたの!?」と夫。

「台所で朝ごはん探してるから」

「……誰もいないよ……」

「いるじゃない!」

 

そのときの夫の表情……。

 

そのころの私は、幻覚に怯え、外出先では、人に気づかれまいと緊張していました。幻覚そのものよりも、幻覚のある者に向けられるであろう目が怖かったのです。夫にすら知られたくないと頑なに思っていました。夫の目を見たとき、私は「異常」なのだと、あらためて自覚しました。悲しみと情けなさと恥ずかしさで全身が打ち砕かれていくように感じていました。

 

でも、今はまったく違います。

 

「ガタガタいう音、聞こえる?」「あそこに人、いる?」「この虫、見える?」と、家では何の抵抗もなく聞き、夫も「聞こえるよ〜」とのどかに答えます。何でもない普通のことと考えれば、何でもない普通のことになるのです。私は、自分の幻覚の原因が、私の「精神」にあるとはもう考えませんし、幻覚を「異常」とすら思わなくなっています。

 

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一緒に面白がってほしい

 

「座敷童子だ! 福の神が我が家にも来てくれた!」と喜び合う社会は、もうありません。狐も人に憑かなくなりました。人に見えないものを見、聞こえないものを聞くと、「患者」となり、抗精神病薬を処方されます(レビー小体病では、薬物の副作用が強く出やすく、厳重な注意が必要です)。

 

講演の後に「樋口さん、あなたは病気なんかじゃありません! 霊感が強くなっただけです!」と言われたことがあります。病気でなくても、見たり聞いたりする人たちは、たしかにいるでしょう。でも「霊感」だけで私にある数々の症状を説明することには無理があります。

 

「精神的な問題のある患者」と呼ばれることも嫌ですが、「霊感の強い人」と言われることにも違和感があります。ほんのちょっと「脳の誤作動を起こしやすい人」だと思って、さらりと受け流すか、一緒に脳の不思議を面白がってくだされば、とてもうれしいです。

 

(注)

★1 駒ヶ嶺朋子、国分則人、平田幸一「Lewy小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点――民俗学史料への病跡学的分析の試み」『神経内科』84号、2016年。

★2 熊谷晋一郎編著「みんなの当事者研究」『 臨床心理学』増刊第9号、2017年。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第8回終了)

 

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