第7回 カフカはうまく食べられない――食べることは受け入れること(3)

第7回 カフカはうまく食べられない――食べることは受け入れること(3)

2017.9.01 update.

頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)

文学紹介者。20歳のときに難病(潰瘍性大腸炎)になり、13年間の闘病生活を送る。

そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から、『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社⇒新潮文庫)を出版。その後、『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』(飛鳥新社)、『絶望読書――苦悩の時期、私を救った本』(飛鳥新社)を出版。最新作は、『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』(春秋社)。

現在、月刊誌『望星』(東海大学出版部)で、「落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ」を連載中。
また、NHK「ラジオ深夜便」の「絶望名言」のコーナーに出演中(偶数月の第4日曜の深夜〔月曜午前〕4時台)。

 

|食べることがリスクに|

 

 ともかく、なるべく食べないほうが病気にはいい。

 しかし、食べないと死んでしまうから、少し食べる。

 こういうことを長く続けていると、どうなるか?

 食べる=リスクということが、身にしみついてしまうのだ。

 

 私は食べるのがとても遅い。

 もともとは食べるのが早いほうだったが、病後はとても遅くなった。

 それはよく噛むようにしているからでもある。

 しかし、それだけではなく、食べるときに、いちいち安全性を吟味しているからだ。

 これは食べても大丈夫か? よく噛めば大丈夫だ。これはもうこれくらいにしておいたほうがいい。これなら、もう少し大丈夫。これはぜんぜん無理!

 などとあれこれ考えながら食べている。だから、遅い。

 食べるときには、いつも黄色信号が点滅しているのである。

 

 病気をする前とは、大変なちがいだった。

 胃が痛くなるとか、お腹をこわすということはほとんどなかったから、何かを口に入れることにためらいを感じたこともほとんどなかった。初めて食べるような変わったものでも、どんどん食べるほうだった。

 たまには胃が痛くなったり、お腹をこわすこともあったが、珍しい出来事が起きたことを、むしろ少し面白がっていた。「ピーピーになっちゃったよ」と言って笑ったりしていた。

 と書いていて、そういうところから、なんて遠いところに来てしまったものかと、あらためて思うけれども。

 

もしも悪い食べ物をおなかに与えるならば、

おなかはあなたを踊らせるためにドラムを叩くでしょう。

アフリカの格言

(Twitter「アフリカのことわざ 他」

@Umeda_YoHinTenより)

 

 ちょっとでもさわると大きく鳴ってしまうドラムを、少しでも鳴らさないように慎重に生きる。

 地面に埋まった地雷を手探りするのとは比べものにならないにしても、いつもびくびくしてしまう。

 

 そういう生活を長く続けていると、だんだんこんな気持ちになってくる。口にものを入れるなんて、本当はすごいことなのではないのかと。

 外のものを、内に入れてしまうのである。よくもそんな怖ろしいことができるものだ。どんな未知の危険があるかしれない。

 口からお尻まで、未知のものをずーっと通してしまうのだ。

 考えてみれば、ずいぶん大胆なことだ。

 

 くし刺し刑というのが世界中にあるが、どうくし刺しにされるかというと、たいていは尻から刺して口に抜ける。あるいは口から入れて尻に抜ける。もともとそこに穴があるという感覚と無縁ではないだろう。

 人間には、口から肛門までのトンネルがある。そこを食べ物の電車や車やバイクが通過していく。いいものも悪いものも撒き散らしながら。

 そんな物騒なものが、身体の中心にあいているのである。

 その穴は、外界に通じている。胃腸は外界に通じているのだ。

 

 ゆらゆら帝国というバンドの『空洞です』という曲を聴いたとき、

「俺は空洞」

「バカな子どもがふざけて駆け抜ける」

 という歌詞に、ひどくひきつけられた。

 もちろん、この空洞というのは、心のむなさしさのようなことなのだろうけど、私にはもうそうは聞こえないのだった。

 

|「食べることは危険」という通奏低音|

 

 病気ではなくても、そもそも人にとって、食べるという行為は、つねにリスクをともなうことだっただろう。

 食べると毒なものは自然界にいくらでもある。何が毒で何が栄養か、見分ける知識と経験が必要だ。安全なはずのものでも、腐っていたり、寄生虫がいたりすることがある。

「食べることは危険」という意識は、どんな人の心の奥底にも少しはあるはずだ。

 

 現代では、お店に行けば、食べても大丈夫と保証されている食べ物を売っている。賞味期限さえ守れば、まず問題は起きない。

 現代人は食のリスクから解放され、食の楽しみだけを得られるようになった。だからこその、飽食の時代であり、肥満の時代なのだろう。

 しかし、今度は、添加物の問題などが出てきている。本当に完全に安全な食べ物ということになると、今でも入手はかなり大変だ。お金も手間もかかる。

 

 だから、ほとんどの人が、わずかなリスクは考えないようにしている。

 多少の毒は、とっても大丈夫ということにしている。

 その代わりに、何の不安もなく、なんでも口に入れることができる。これは大変に大きなことだ。

 

 私もそういう一員だったのだが、もはや警戒心抜きに食べることはできなくなってしまった。

 

|食べられないことは、受け入れられないこと|

 

 そうすると、その警戒心は、だんだんと他のことにまで広がっていく。

 外から内に入れる、すべてのものに。

 空気が汚れているのも気になってくる、肌につけるものも気になってくる。

 

 さらに、外の世界全体への警戒心も高まっていく。

 危険が強く意識され、受け入れがたくなってくる。

 つまり、食べづらさは、生きづらさにつながっていくのだ。

 

 と書くと、あんまり大げさに聞こえるかもしれない。あるいは、摂生のしすぎで精神にきてしまったのではないか、と思われるかもしれない。

 実際、自分でも少しそう思った。

 しかし、食べることに問題が生じるということは、生きることに問題が生じるということであり、食べられない食べ物が増えるということは、それだけ外界に対して拒絶的になってしまうということであり、食べられないということは、現実を受け入れられないということにつながっていく。

 

 そんなことを思っていたときに出会ったのが、カフカだった。

 

|うまく生きられない人間は、

うまく食べることもできない|

 

 フランツ・カフカは菜食で、小食で、間食もせず、アルコール類や刺激物もなるべくとらないという、極端な食事制限をしていた。

 健康のためにそうしていたのだが、病気だったわけではなく、むしろ極端な摂生のせいで弱っていった。

 

 だが、そういうカフカが、いつもよりよく食べるときがあった。

 それは、父親から遠く離れたときだった。

 たくましくて、大きく、なんでも食べて、ビールをあおる父親。そういう父親のそばでは、カフカはほんの少ししか食べない。しかし、遠く離れると、よく食べるようになる。

 

 生まれ育ったプラハから離れたときにも、いつもより食べるようになる。

 カフカは、プラハから出たいと願いながら、出ることはできないとも感じていた。プラハに囚われていると感じていた。

 旅行などで、一時的にでもプラハを離れると、いつもは食べないものまで食べるようになる。

 

 婚約解消をしたときにも、その足ですぐに肉を食べに行っている。

 菜食のカフカにとって、肉を食べるというのは大変なことだ。婚約中は、決して食べなかった。

 

 ついに本当に病気になって、ずっと辞めたいと思っていた仕事を辞められそうな見通しになって、大好きな田舎に療養に行ったときにも、いつもよりよく食べて、むしろ太っている。

 

 あきらかに、現実に対する拒絶が、食べないことと結びついていて、拒絶する気持ちがやわらいだときには、より食べられるようになっている。

 

 カフカが女性にひと目惚れしたとき、その理由の大きなひとつは、彼女が「たえずものを食べている人間ほど嫌なものはない」と言ったからだった。何でも平気でがつがつ食べられない人間であることに、カフカはひかれたのだ。

 生きることを愛する人が、健康的にもりもり食べる人を見て、素敵だと感じて好きになることがあるように、生きづらさを感じる人が、食事を拒絶する人を見て、心ひかれることも、大いにありうるのだ。

 

 そしてカフカは、『断食芸人』という短編小説を書いている。

 

「私はうまいと思う食べ物を見つけることができなかった。

もし好きな食べ物を見つけていたら、

断食で世間を騒がせたりしないで、

みんなと同じように、

たらふく食べて暮らしたにちがいないんだ」

カフカ『断食芸人』

(『絶望名人カフカの人生論』新潮文庫)

 

 断食を芸としていた男が、死ぬときに、こう言い残すのだ。

 これは、カフカ自身の胸中の吐露と言ってもいいだろう。

 みんなと同じようにたらふく食べたいけれど、できない。

 みんなと同じように結婚したいけれど、できない。

 みんなと同じように普通に生きたいけれど、できない。

 決して、そうしたくなかったわけではないのだ、と。

 

 カフカは亡くなる前、病室のベッドで、この『断食芸人』の校正刷り(本にする前に、修正のために仮に印刷したもの)を確認をしていた。

 このときカフカは、病気のせいで飲食ができなくなっていた。まさに断食状態だった。食べたくて、飲みたくて仕方なかったときだ。看護師に目の前で水をごくごく飲んでもらって、それでせめて気持ちをなぐさめたりしていた。

 それでも、カフカはこの短編を否定することはなかった。作品を本にすることに、いつも大きなためらいを感じていたカフカが、この短編を本にしようとした。

 

 うまく生きられない人間は、うまく食べることもできないのではないだろうか。そして、うまく食べられない人間は、うまく生きることもできないのではないだろうか。

 

(頭木弘樹『食べることと出すこと』第7回了)

 

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