第4回 生きづらいほど過敏に――食べないとどうなるか(3)

第4回 生きづらいほど過敏に――食べないとどうなるか(3)

2017.7.26 update.

頭木弘樹(かしらぎ・ひろき)

文学紹介者。20歳のときに難病(潰瘍性大腸炎)になり、13年間の闘病生活を送る。

そのときにカフカの言葉が救いとなった経験から、『絶望名人カフカの人生論』(飛鳥新社⇒新潮文庫)を出版。その後、『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』(飛鳥新社)、『絶望読書――苦悩の時期、私を救った本』(飛鳥新社)を出版。最新作は、『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』(春秋社)。

現在、月刊誌『望星』(東海大学出版部)で、「落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ」を連載中。
また、NHK「ラジオ深夜便」の「絶望名言」のコーナーに出演中(偶数月の第4日曜の深夜〔月曜午前〕4時台)。

 

 

|本当の飢餓と特殊な飢餓|

 

 戦後の食糧難で飢餓を経験した人は、どうしても食に執着してしまうという話をよく聞く。たとえば、食べ物を残すことができなかったり、好き嫌いをする人が許せなかったり。

 数年前のことだが、脚本家で小説家の山田太一が、タル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を酷評していると耳にして、そのエッセイが載っている文芸誌『群像』を読んだことがある(現在はエッセイ集『夕暮れの時間に』河出書房新社に入っている)。

 タル・ベーラの『ニーチェの馬』といえば、当時、アート映画の名作として誰もが絶賛していた。けなすことは、『裸の王様』の子どもでも難しい感じだった。いったい、どう批判しているのか?

 

 読んでみて驚いた。映画に出てくる貧しい一家が、ジャガイモの皮などを食べ残すのが許せないというのだった。

「そんなところ? そんな細かいところ、映画全体のデキとは関係ないでしょ」と思う人も多いかもしれない。

 しかし、山田太一は、小学校後期から中学校時代に食糧難を体験している。

 

 

こんなことは絶対にない。一回の食事がジャガイモ一個だったら、絶対に皮などむかない。残さない。捨てない。戦後の食糧難で、薩摩芋一、二本の食事を日常に経験した私はそのシーンの非現実に声をあげそうになり、今だに、なぜ皮をむくのか、なぜ残したのか、と無念でならない。

 (山田太一「ニーチェとジャガイモ」)

 

 

 これこそが体験者の実感だろう。

 私はこれを読んで、とても感動してしまった。

 

 私も食べることで苦労したので、戦後に食べることで苦労した人たちに、とても親近感を覚える。

 しかし、むこうでは、私にはまったく親近感を覚えないと思う。

 というのも、私が経験したのは、本当の飢餓ではなく、特殊な飢餓なので、そのせいで生じたこだわりも、当然ちがっている。

 私は、彼らが嫌悪するところの、美食家になってしまった。

 

 日本マクドナルドの創業者、藤田田氏は「人間は12歳までに食べてきたものを一生食べ続ける」と言ったらしいが、私の場合は、まったくそういうことはなく、病前と病後では、好きな味がまるで変わってしました。

 前にも書いたように、私は食にまったく関心がないほうだったので、まさか食について、うまいとかまずいとか、いろいろ言う人間になるとは、思ってもみなかった。

 といっても、究極の味を求めて探求するとか、普通の味ではものたりなくてゲテモノにまで手を伸ばすとか、そういう美食家とはちがう。

 素材のよさにこだわり、それをなるべく薄味で食べたいという、過敏舌の美食家だ。

 普通の美食家を、オシャレなファッションにこだわる人とすると、私の場合は、敏感肌なので、着る服の素材にこだわらざるをえないという感じだ。

 これはとても暮らしにくい。

 

 

|水の流れになんとも言えない快感が|

 

 敏感肌というのは、あくまで譬(たと)えだが、しかし私は、舌だけではなく、じつは触感に関しても、うるさい人間になってしまった。

 それには2つの理由がある。

 

 1つ目は、ずっと後になって手術をしたときのことだが、当然、しばらくお風呂に入れなかった。まず最初に許されるのが、髪を洗うことだ。

 自分ではできないので、看護師さんがやってくれる。理髪店方式で、頭を下げて前に突き出し、看護師さんがシャンプーをして、後ろ頭からお湯をかけてくれる。

 ただそれだけのことなのだが、これがとても感動的なのだ。頭を洗って、これほど感動するとは思わなかった。

 看護師さんが、「不思議とみんな、感動するのよね~」と言っていたから、私だけではない。

 頭を流れて行く、水の流れのひと筋ひと筋を感じるのだ。そんなたくさんの流れをすべて感じられるはずはないのだが、感じているような気がする。それがもうたまらなく気持ちいい。悶絶するような快感ではなく、何か浄化されるような快感。

 意識が極度に、水の肌触ざわりに向けられるからではないかと思う。

 

 この体験をして以来、私はシャワーを浴びるときなどに、少し意識しさえすれば、全身で水の流れを感じて、感動することができる。

 考え事をしながら、お風呂に入ったりすると、「ああ、もったいなかった!」と、あわてて意識を水に向けたりする。

 何日かお風呂に入らなかったりすると、この快感はより高まる。そのため、わざと入らないようにしてしまうときもある。その点では、悪い癖がついてしまったとも言える。

 でも、これは手術で得られた、嬉しいことの大きなひとつだ。

 

 今、私は宮古島という沖縄の離島に住んでいる。

 海がとてもきれいで、おだやかで、シュノーケリングに適している。

 私はシュノーケルを口にくわえたまま、海の上に浮かび、少しずつ全身から力を抜いていって、完全脱力するのが好きだ。

 そうすると、鏡のようにないでいる海でも、意外に細かい複雑な流れがあることがわかる。それによって、全身がタコのように、ぐにゃんぐにゃんに動かされる。これは少しでも身体に力が入っていると、そうはならない。だから、少し修練が必要。

 この波に翻弄されるのが、たまらなく気持ちいいのだ。日射しが強いので、全身をラッシュガードでおおっている。それでも、水の流れを皮膚で感じることができる。

 水が肌をなでていく。複雑に、多様に、幾筋も幾筋も数え切れないほど。それを全身で感じる。とても感じきれないほどの触感。

 私は、泳ぐというより、こうしてぷかぷか浮かぶために海に行く。

 下には魚たちの世界がある。透明度が高いので、まるで空を飛んでいるようだ。病人として日常に不自由があるが、泳いでいるときは自由だ。空を飛び、全身に水の流れを感じ、完全脱力する。

 

 

|痛い目にあった人間ほど……

 

 もう1つの理由は、病院でいろいろ痛い目にあったからだと思う。

 病院では、医師や看護師が、日々、自分の身体にさわってくる。

 それは、診断や治療や看護のためだから、基本的には「やさしい手」なわけだが、医療というのはしばしば痛みや苦しみをともなう。

 なので、たくさんの手が伸びてきて、自分を痛い目にあわせるというイメージにもなってしまいやすい。

 もう痛い目はたくさんだという思いがある。

 だから、やさしい触感というものに弱くなる。

 

 普通の人は、洋服を選ぶときには、いちばん大切なのは、見た目だろう。色とか形とか、デザイン的な要素。

 でも、私がいちばん気にするのは、手ざわりだ。

 洋服を選ぶときには、まずさわってみる。親指と人差し指の腹ではさんで、感触をたしかめる。服の中に手を入れてみて、手の全体で感触をたしかめる。

 肌ざわりのいい、肌に快感を与えてくれる服こそ、私にとってのいい服だ。

 

 

|暴飲暴食へのあこがれ|

 

 では、質のいいものを食べ、肌ざわりのいい洋服を着ることが理想かというと、たしかにその通りなのだが、夢見るのは、正反対のことだ。

 人は、自分にはできないことにあこがれるものだから。

 

 『変身』などを書いた小説家のフランツ・カフカは、健康のために食事にとても気をつけていて、自主的に極端な節制をしていた。

 そのカフカが夢見るのは、次のようなことだ。

 

 

胃が丈夫だと感じさえすればいつでも、

ムチャな食べ方をする自分を想像したくなる。

古く硬いソーセージを噛みちぎり、機械のように咀嚼し、がむしゃらに飲み込む。

厚いあばら肉を噛まずに口の中に押し込む。

ぼくは不潔な食料品店を完全に空っぽにしてしまう。

鰊やキュウリや、痛んで古くなって舌にピリッとくる食べ物で、腹をいっぱいにする。

(カフカ 日記『絶望名人カフカの人生論』新潮文庫)

 

 

 私の密かな願望もまさにこれだ。

 ジャンクフードなどをむさぼり食いたい。それができる人がうらやましい。

 健康食なんてくだらないと言う人がいるが、そういう贅沢なことを、私も言ってみたいのだ。

 

 以前、飛行機に乗ったとき、隣りにすわったおじさんが、離陸前に牛肉弁当を食べ出した。飛行機がゆっくり滑走路に移動しているときだ。離陸となれば、弁当は食べていられなくなる。こんなときに食べ出して、困ったことにならないかと思った。たっぷりお米の詰まった上に、脂光りした焼き肉が全面に敷き詰めてあるという、かなりのボリュームの弁当だ。

 ところが、そのおじさんは、ほとんど噛まずに、ひと箸ひと箸、ぎゅっぎゅっと口に押し込んでいく。無理に急いでいるわけではなく、ごく自然なテンポで、いつもそういう食べ方のようだ。2分くらいで弁当を食べ終わり、離陸のときにはもう寝ていた。

 なんてすごいおじさんなんだと、あこがれの目で見てしまった。

 

 服に関してもそうだ。

 どの巻かはわからなくなってしまったが、たしか『上京アフロ田中』(のりつけ雅春、小学館)というマンガで、主人公のアフロ田中の会社の寮に新しく入った若い男が、「パジャマは着心地で選ぶ」と言って、田中はすごくびっくりする。「着心地のことなんか、考えたこともなかった!」と。

 これを読んで、私も逆にびっくりしてしまった。「着心地のことを考えない人がいるのか!」と。

 でも、よく考えてみると、私も病気をするまでは、服の肌ざわりとか着心地とか、そういうことはまったく考えたことがなかった。

 いつの間にか、ふとんを40枚重ねた下の豆にも気づく『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』(アンデルセンの童話)のような、繊細すぎる人間になってしまっていたのだった。

 

 

|食べられないことは、食べられないだけではすまない

 

 誰にでも食べられるものと食べられないものがある。

 しかし、私の場合は、その食べられないものが、極端に多くなってしまった。ほとんどの食べものがそちらに分類されてしまった。

 食べられない食べ物が増えるということは、それだけ外界に対して拒絶的になってしまうということでもあり、それは現実を受け入れられないということにつながっていく。

 次回はそのことについて書いてみたいと思う。

 

(頭木弘樹『食べることと出すこと』第4回了)

 

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