第6回 指輪の埋まった砂漠を進め!

第6回 指輪の埋まった砂漠を進め!

2017.7.05 update.

樋口直美(ひぐち・なおみ) イメージ

樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

 

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年末になぜか忙しさを感じない……

 

最初に時間の距離感覚の異変に気づいたのは、レビー小体型認知症と診断された2013年。切り抜き忘れた新聞の記事を探したときでした。「最近」とはわかっても、いつかが思い出せず、7日前、6日前、5日前とたどってきて、前日の新聞にその記事を見つけたとき、初めて、自分の時間感覚がおかしくなっていることに気づきました。

 

それでも診断後数年間は、不便を感じる場面はそれほど多くありませんでした。仕事もせず自宅でひっそりと暮らす生活には、手帳すらいらなかったのです。

 

ただ2015年の12月になって、気忙(きぜわ)しさをまったく感じない自分に驚きました。毎年師走に入った途端に追い立てられるような気分になっていたからです。

2016年には、大晦日も元日も平日と同じ感覚でした(時間に伴う感情については次回書く予定です)。

 

年の瀬という感慨が皆無のまま「今年は、いったいどういう年だったんだろう?」と思い、1月から順に出来事を振り返ろうとしました。でも1月から3月まで、何ひとつ思い浮かばず、ぞっとして止めました。

 

「これは、記憶障害じゃないか!?」

 

その時まで私は、「時間感覚がおかしいだけで、記憶はできるから、私に記憶障害はない」と呑気に思っていたのです。

 

繰り返し受けている認知機能検査では、直前にスマホを見て月日を記憶するので常に正解。この検査で苦労するのは「100−7」の引き算だけで、「桜、猫、電車」など、問題と答えはすべて覚えています。

 

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砂漠で指輪を探すような

 

私の脳機能は、体調の波と同期します。体調がとても悪いときや脳が疲れたときには、正常に働きません。文章の意味がつかめず、原稿が書けず、計算ができず、注意を分散できず、字幕付きの洋画を見られず、不注意からありえないミスをします。それでも記憶力が人より悪いという自覚は、今もありません。

「それはいつのことですか?」という質問が出ない限り、私の記憶がおかしいことは、(家族以外)誰にも気づかれないのです。

 

ただ、スケジュールだけは、覚えられません。砂漠の真ん中で「ここに指輪、あそこに金貨を埋めた」と言われても覚えようがないように、今週も来週も来月も、いつ何があるのかがわかりません。何月何日という数字は、覚えようと思えば覚えられますが、意味のない記号に感じ、把握している気がせず、忘れてしまいます。常夏の国のように、7月1日も12月1日も変わりないからです。

 

たまたま大事な用事が毎週続いた今年の5月と6月は、スケジュール管理に行きづまりました。各行事の時間的な前後関係も、それにともなう事務的な手続きがどこまで進んだのかも、全部ごちゃ混ぜです。私には、そうした作業を代行してくれる人もいませんから、自分でやっています。間違えないように作業表をつくってみたり、いろいろ試しましたが、うまくいきません。いつも混乱し、不安を抱え、疲れ果てていました。

 

去年までは、なかったことです。家族も「(用事は週1回しかなく準備も単純なのに)何がそんなに大変なの?」と、きょとんとしていました。週5日働き、いくつものプロジェクトを同時にこなす人たちは、今の私には超人なのです。

 

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メモやキッチンタイマーで自衛

 

自分の時間感覚で外出の準備をして遅刻したことが2回続いた後は、家を出るまでに「何時までに何をする」と紙に書くようになりました。「間に合うだろうか」という不安が常にあるので、せっかちになり、約束がある時は、落ち着かずに、かなり早く家を出るようになりました。でも電車の乗り換えで戸惑ったりして、結局、ちょうどよい時間に着いたりします。

 

最近、また遅刻しました。しかし理由がまったくわかりません。電車の時間も場所もきちんと確認し、問題なく着いたのです。時間をこっそり盗み取られている気がしました。

私は18時を8時と思い込んだり、開始時間を間違えるなど、時間に限ってはよく勘違いをします。50分後は何時になるかといった計算も難しいと感じます(2016年の「えにしの会」での樋口直美さんの講演はこちら。30:35~42:45までです)

 

講演は、負担が大きいのであまりしませんが、スライドで細かく時間配分を決め、持参した大きなキッチンタイマーを常に見ながら進めます(体調が悪いときは、これも難しくなります)。原稿はつくりませんが、毎回新しい内容を入れるので、相当な時間をかけて準備しています。

 

一度キッチンタイマーを家に置き忘れてとても困りました。13時10分から40分間といわれても、時計では途中から訳がわからなくなってしまいます。次からは持ち物リストをつくり、忘れ物はなくなりました。

 

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「私は困っています」と声を上げよう

 

人前ではしっかりしていなければいけない、頼まれた仕事はミスなくやらなければいけないと常に思っていますが、目がよく見えないのに見えるふりをして走っているような危うさ、ぎこちなさを自覚しています。

 

別に時間感覚のことを隠しているわけではありません。ただこの症状は、簡単には理解してもらえませんから、説明に時間をさくことは諦め、ほとんど人に話してきませんでした。すると「幻視や自律神経症状以外に困りごとはない」と言われることが増え、自分で自分の首を絞めていることに気づきました。

 

「私は困っています」と言うことは、勇気がいります。懸命に言葉にしてみたところで「そんなこと私にだってある」「そうは見えない」と言われてしまうのです。話す姿だけを見て「何も問題ないじゃないか」と医療者から一方的に決めつけられたりもしました。

 

全力で集中し、脳をフル回転させていてもミスは出ます。おかしな言動をすれば、自分では何が変なのかがわからなくても、周囲の反応から伝わります。何も言われなくても、いえ、何も言われないからこそ、よけい堪えるのです。

 

病気で聴力を徐々に失った方が、「完全に聞こえなくなったときよりも、完全に聞き取れない難聴のときのほうが苦しかった」と話されるのを聞きました。

 

できないことよりもできることのほうが遥かに多いから楽だ、ということはありません。若くして発症し、職場でミスを繰り返し、追い込まれていく苦しみは深刻です。脳の病気になっても障害をもっても働き続けられる工夫や知恵を集め、共有できたらどれほど楽になるでしょう。そうして働きつづけている仲間たちも徐々に増えてきているのです。

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第6回終了)

 

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