第12回 社会構想のアンチノミーを越えて(2)

第12回 社会構想のアンチノミーを越えて(2)

2014.11.10 update.

大澤真幸(おおさわ・まさち)

1958年生まれ。社会学者。
著書に、『行為の代数学』『身体の比較社会学』『ナショナリズムの由来』(毎日出版文化賞)『〈自由〉の条件』『社会は絶えず夢を見ている』『〈世界史〉の哲学 古代編・中世編・東洋編』等のほか、橋爪大三郎氏との共著に『ふしぎなキリスト教』『ゆかいな仏教』がある。
最新作は、『〈問い〉の読書術』『現代社会の存立構造/『現代社会の存立構造』を読む』(真木悠介との共著)『「知の技法」入門』(小林康夫との共著)など。 
個人雑誌『大澤真幸THINKING「O」』を刊行中。 
オフィシャルウェブサイト http://osawa-masachi.com/      

 

(承前)

 

5 カウツキーとレーニン

 

 

 再び、社会構想の理論の方に立ち戻ってみよう。先にわれわれが参照したのは、真木悠介による原理論だった。今度は、実践の現場に密着した理論に注目してみよう。レーニンの革命論に、である。

 

 ここで検討してみたいのは、今や悪名高いとも言える、レーニンが1902年に書いたテキスト『何をなすべきか』だ。レーニンは、このテキストで、労働者階級がいかにして十分な階級意識を獲得できるのか、ということを論じている。十分な階級意識を自覚していない段階を、言わば、病気の状態に、そして階級意識を実現した段階を、病気が治った状態に、それぞれ対応させれば、べてるの実践や当事者研究と類比的に革命論を見ることができる。

 

 労働者階級は、自然成長的に階級意識を獲得し、自分たち自身で、個別の利害を越えた革命の必要を認識するようになるわけではない。ならば、どうすべきなのか。これがレーニンの問いである。答えは以下の通り。外から――ということは党に所属する知識人によって、ということだが――、労働者階級に、真理を、つまり彼らが客観的には何者であり、何をなさなくてはならないかという真理を、吹き込まなくてはならない。これが管理社会型の着想、管理社会型の革命の構想であることは、一目瞭然であろう。

 

 このような構想を論ずる文脈で、レーニンは、当時彼が尊敬していた第二インターナショナルの指導者カール・カウツキーを引用する。レーニンが賛同の意を示しているのは、カウツキーの次のような主張である。

 

社会主義と階級闘争は横並びになって出てくるものであって、一方から他方が生まれるわけではない。それぞれは、異なる条件のもとで生ずるのだ。……学知の乗り物になるのは、プロレタリアートではなく、ブルジョワ知識人である。……かくして、社会主義的意識は、外からプロレタリアートの階級闘争に吹き込まれるものであって、決して、階級闘争の中から自然発生的に生ずるものではない★1

 

 この部分を解説し、敷衍するかたちで、レーニン自身は、次のように論じている。

 

労働者階級の自発性に対する崇拝、「意識的要素」の役割や社会民主主義の役割に対する軽視は、そうした役割を軽視している者がどういうつもりかということとはまったく無関係に、結局、労働者に対するブルジョワ・イデオロギーの影響を強化することを意味している。……唯一の選択肢は、ブルジョワ・イデオロギーか社会主義のイデオロギーかにある。中間の道はない。……労働者階級の運動の自律的な発展は、彼らのブルジョワ・イデオロギーへの従属に帰着する。……というのも、自律的な労働者階級の運動とは、労働組合主義だからである★2

 

 レーニン自身は、ここでカウツキーと実質的に同じことを論じているつもりだ。だが、レーニンは、ここで無意識のうちにカウツキーの原文の趣旨を書き換えており、したがって、両者の間に微妙な差異が生じている。この点を指摘しているのは、スラヴォイ・ジジェクである★3。レーニンは、先にも述べたように、この時期にはカウツキーを深く尊敬しているが、後には――第一次世界大戦が勃発したときのカウツキー等のショーヴィニスティクな行動に怒りを覚え、つまり彼らが「インターナショナル」などという看板を掲げながら労働者の国際的な連帯よりも自国の利益を優先する愛国主義に走ったことに怒りを覚え――カウツキーを厳しく批判するようになる。だが、すでにこの段階で、当人たちが気づいていない亀裂が、両者の間にはあったのである。

 

 両者の差異の最も重要なポイントはどこにあるのか。それが、われわれの考察に対して意味をもつ。カウツキーは、労働者階級には属さない(ブルジョワの)知識人が、階級闘争の外の中立的な立場から、労働者階級に学知を、たとえば歴史の客観的な法則や社会主義の原理を教え込むべきだ、と論じている。

 

 それに対して、レーニンは、ブルジョワ・イデオロギーの労働者への一切の影響を悪であると見なしている。またレーニンは、ブルジョワジーとプロレタリアートの対立から独立の中立的・中間的なポジションはない、とも論じている。その上で、彼は、労働者階級の自然成長性への崇拝をも厳しく斥けている。とすると、労働者階級に階級意識をもたらす知識人はどこにいる、ということになるのか。

 

 今列挙した、レーニンのすべての論点を合わせれば、知識人は、階級闘争の外部にいるブルジョワジーではありえない、ということになる。言い換えれば、レーニンの主張の論理的な結論は、その知識人自身も階級闘争の渦中にいる、彼ら自身も闘争に参加している、ということになる。労働組合主義を批判していることから推測すると、レーニンの考えでは、知識人は、経済闘争からは、つまり労賃と資本家自身の取り分との間の分配をめぐる闘争からは超然としているのだろう。しかし知識人は、階級闘争の外にはいない。彼らも闘争しているのである。したがって、レーニンは、イデオロギー的な階級闘争の渦中にあるような知識人がプロレタリアートには必要だ、と述べているのである。カウツキーが要求している知識人とは、立ち位置が異なっている★4

 

          *

 

 ここでレーニンが述べていること、カウツキーとは異なるかたちでレーニンが述べていること、さらに言えば、後にレーニンがやったことではなく、ここでレーニンが論じていること、これこそが、べてるのボジションに近い。どのような意味で?

 

 当事者研究は、研究する当事者の中に、他者たちを巻き込む、と述べた。その「ともに研究する他者たち」のあり方、他者たちの態度が、階級闘争の中の知識人と同じ形式をもっているのだ。少しばかり説明しよう。

 

 研究する当事者(としての他者たち)の中には、もちろん、向谷地のような専門家も含まれる。向谷地による「専門家」の定義、「当事者」との関係における「専門家」の定義が、まことに驚異的である。一般には、専門家は、知っている人、真実をあらかじめ知っている人である。病気の原因やその治療の仕方、どのようにしたら病気の症状を解消できるかを知っている人が専門家である、と。だが、向谷地にとっての専門家は、まったく違う。通常とは真逆なのだ。

 

 専門家の定義の前にまずは、当事者の定義を見ておこう。向谷地によれば、当事者とは、「自分のことは、自分がいちばん”わかりにくい”ことを知っている人」である。これはまことに意表をついた定義である。先にも述べたように、普通、社会運動論の文脈で「当事者」が主題にされるのは、当事者だけが自分の体験、自分の苦しみをわかっている、他の人にはわらかない、ということを強調するためである。それとは逆に、べてるでは、当事者は、ソクラテスのように、自分が自分について知っていていないということに自覚的な者である。それゆえにこそ、当事者は、彼のことを知る他者、つまり専門家を必要とする。

 

 では専門家とは何か。その専門家の定義が、また唖然とさせる。専門家とは、「幻聴や被害妄想など、もし当事者と同じような状況に遭遇したら同様に困難に陥ることを知っている人」である。普通は、専門家は、苦しむ当事者を救出する者だと考えられている。だが、向谷地が定義する当事者は――ということは向谷地自身は――、当事者を救済することはできない。彼は、当事者と同じ困難に陥るのだ。

 

 結局、当事者は、(自分のことを)知らない(ことを知っている)人である。専門家は、当事者を苦痛から解放する人ではなく、逆に、当事者とともに苦しむ人である。向谷地はさらに、当事者を「専門家としての当事者」、専門家を「当事者としての専門家」と、シンメトリカルに両者が交叉するような形式で、それぞれ言い換えている。当事者も専門家も無能・無力によって定義されていることがわかるだろう。それゆえ、べてるは、二つの無力の出会いによって支えられている、と言われる。

 

 レーニンが描いた、指導的な知識人のあり方も、べてるの専門家に似ている。彼は、プロレタリアートとともに闘う人、ともに苦闘する人、闘争の苦しさをともに体験する人だからだ。レーニンが言う知識人は、プロレタリアートを闘争から解放する術を最初から知っているわけではなく、したがって、闘争に巻き込まれているしかない。べてるの専門家が、当事者と一緒に苦しみ、困惑するほかないのと同様に、である。

 

          *

 

 べてる的な専門家の対応を例示するエピソードを紹介しておこう。Aという二十代後半の統合失調症患者への向谷地の機転の効いた対応についてのエピソードだ★5。Aには、かつては幻聴もあったが、向谷地が会ったときの主要な症状は、リストカットと大量服薬であった。

 

 初対面のAに、向谷地はこう言った。「Aさん、あなたは必死に自分を助けようとして、その方法としてリストカットや大量服薬を繰り返してきましたが、結果はどうでしたか?」。この質問にAは訝しく思う。「え? ぼくは自分を助けてなんかいませんよ」と。自分を助けてくれるのは、彼の話を聞いてきた医者や看護師だ、とAは言う。このAの発言に対して、向谷地は、「いえ、Aさんをいちばん熱心に助けようとしてきたのは、Aさん自身だ」と反論する。ここで向谷地は、「自分を救出しうる真実を知っている他者(専門家)が外部にいる」というAの信仰を打ち砕いているのだ。つまり、向谷地はまず、Aの「援助者」への依存を断ち切っている。

 

 さらに向谷地は、Aに、「Aさんの救い方」を一緒に研究しようと誘う。つまり、当事者研究に誘っているのだ。その上で、向谷地は、Aさんに、自己採点すると何点くらいか、と質問した。Aの答えは、10点か20点であり、せめて80点はとりたい、というものだったが、これへの向谷地の応答が、ひねりがあって、実に興味深い。「残念ながら、あなたはすでに百点満点なのです」と。

 

 この最後の向谷地の答えは、二つの部分を含む。まず、点数が満点だということ。もうひとつは、「残念ながら」という奇妙な留保。百点満点であることがどうして重要なのか。どうして、10点とか80点ではいけないのか。(満点以外の)点数を付けると、たとえそれが90点のような高得点だったとしても、向谷地は、A を、超越的な位置から(つまり上から目線で)評価する者になっていただろう。だが、「満点」と全肯定したことで、向谷地は、Aと同水準に(も)ある者、Aとともにいる者になることができるのだ。

 

 では、どうして、「残念ながら」と付けたのか。なぜ、「あなたはすばらしい! 百点満点です!」ではいけないのか。この点についての、向谷地の自己解説がまたしても実に深い。A自身にとっては、現状は、満点どころか、苦しく不満足なはずだ。もし「すばらしい」などと賞賛されたら、「百点満点」が、A自身にとって、自分から疎遠な現実、(専門家による)勝手な評価になってしまうだろう。Aはまだ、病との闘いの最中にあり、それゆえ苦しい。そのような現実へのAの違和感やAの苦しさをも肯定しなくてはならない。それが「残念ながら」である。この一言を付加することで、向谷地は、真にAと連帯することができたのだ。

 

 「百点満点なのに残念」という逆説をもってAの現状を評価することで、向谷地は、Aにとって、外部の超越的な専門家でありつつ、同列にあって連帯する者になったのである。つまり、向谷地は、援助者ではなく、「非」援助者になったのだ。その後、Aは、リストカットと大量服薬の循環から抜け出すことができたという。

 

 

6 ゲツセマネの祈り/十字架上の呪い

 

 

 それにしてもふしぎである。「正解」を知らず、ただ一緒に苦しむだけならば、どうして専門家が必要なのか。どうして、無知で無能な専門家がいた方が、うまくいくのだろうか。同じ疑問は、「革命」に関しても言える。知識人が、中立的で客観的な真理を所有しておらず、ただ階級闘争に巻き込まれているのだとすれば、どうして、プロレタリアートだけではいけないのか。知識人は、プロレタリアートが階級意識を獲得するにあたって、どのような役割を果たしているのか。

 

 この矛盾を端的に体現しているのが、「イエス・キリストの信仰」である。クリスチャンにとって、イエスの信仰、イエスの父なる神への純粋な信仰は、信仰のモデルである。そのイエスの信仰の純粋さが極限に達するのが、ゲツセマネの祈りの場面ではないだろうか。

 

 イエスは、最後の晩餐の後、ゲツセマネという名前の土地に、弟子たちを引き連れて祈りにいく。彼らはユダヤ人の長老たちのイエスへの反発をひしひしと感じており、敗北の予感は異様に高まり、ほとんど確信の域にまで達している。そんな中で、イエスは、大地にひれ伏して祈る。もしできることならばこのときが私から去っていくように、と。「父よ、あなたには何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください……」。なんと痛々しい場面であろうか! しかし、イエスは、かくも悲劇的な状況に追いやられながら、なお神の全能性を信じており、それゆえ神が何らかの仕方で、自分を救ってくれるだろうと思っている。

 

 この祈りに先立って、イエスは、弟子たちにこう言っている。「私は死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、私と共に目を覚ましていなさい」、と。ところが、イエスが祈ってから、弟子たちのところに戻ってみると、彼らは眠りこけているのではないか。イエスは、弟子たちを叱り、もう一度、祈りに行く。

 

 二度目の祈りの言葉から判断すると、イエスは、神が定めた運命を受け入れたようだ。イエスは、こう言っている。「父よ、私が飲まない限りこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように」。イエスは、神が全知であることを、したがってこれから起こることを神はすべて知っているということを確信している。

 

 付け加えておけば、この二度目の眠りのあとにイエスが戻ってみると、弟子たちはまたしても眠っている。弟子たちは、イエスの鬼気迫る思いを共有していない。この後、イエスは、同じ言葉で三度目の祈りを行う。弟子たちのもとに戻ると、彼らはまだ眠っている。

 

 究極の危機感の中で、イエスの信仰の強さと純粋さが示される。弟子たちの信仰は、この域には達していない。弟子たちは、イエスが感じている切迫感を共有できておらず、イエスほどに純粋に神に自身を委ねることもない。この場面で、弟子たちは、イエスのほんものの信仰の引き立て役のようなものである。

 

 ところが、十字架の上で、イエス・キリスト自身が、一瞬、神への信仰を断ち切るのだ。キリストは、最後の言葉、絶命直前の言葉で、神への不信を表明するのだ。

 

我が神、我が神、何ぞ我を見捨て給いし(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)。

 

 イエスの語った多くのことの中で、この叫びが最も衝撃的で重要だ。これが表現しているのは、神への深い失望であろう。神は私を救うことができないのではないか。神は、無能なのではないか。それどころか、今起きていること(人の子が十字架に磔になっているということ)は、神自身にとってさえも想定外の出来事であり、神は何も知らなかったのではないか。この断末魔の叫びには、イエスのこうした思いが込められていよう。

 

 イエス・キリストが示した、信仰の純粋性(ゲツセマネの祈り)。神の全知性への懐疑を伴う、信仰のつかの間の中断(十字架上の呪い)。この二つの関係をどのように理解したらよいのだろうか。

 

 おそらく両者は一緒にして、重ね合わせるように把握すべきなのだ。純粋な信仰が懐疑と重なり、合致してしまうことがある、と。一方で、神は運命を知らず、救済の方法も知らないのではないか、と感じられる。こちらを見れば、神への不信仰が見出される。しかし、他方で、神への純粋で、曇りなき信仰がある。両者を合わせるならば、無知かもしれない――その意味では懐疑の対象にさえなりうる――神を、純粋に信ずる、という態度を得ることができる。

 

 この態度は、当事者が無知の専門家を頼り、労働者階級が、葛藤の渦中にあるがための客観的なポジションに立つことができない知識人を指導者として迎える、という方法と、同じ関係の形式を共有している。ゲツセマネの祈りだけであれば、イエスは、神に究極の援助者になることを期待していたことになる。だが、十字架の上でのあの叫びをゲツセマネの祈りに合体させたときには、神は、「非」援助者である。

 

 してみると、また問わなくてはならない。どうして、その無知で無能な神がいなくてはならないのか。なぜ、「非」援助が必要なのか。

(大澤真幸「イエスだったらどうするか」第12回了 つづく)

 

★1 Kautsky レーニン『何をなすべきか』からの引用。

★2 Lenin同上。

★3 Zizek, Revolution at the Gates: Selected writings of Lenin from 1917, Verso, 2002, pp.183-184.

★4 ちなみに、マルクスが、どうして、(第一)インターの主導権を、最も組織化されていたイギリスの労働者階級に委ねなかったのか、という問題は、レーニンについての以上の議論と同じ論理で解決することができる。マルクスは、なぜ最後までドイツの労働者階級に期待していたのか。彼は、若い頃、ドイツ観念論哲学とフランスの革命的(社会主義的)大衆の統一を夢みており、後年、この二つにイギリスの国民経済学が加わえられた『資本論』が完成するわけだが、生涯、ドイツ的哲学、ドイツ的な精神へのこだわりを捨てなかったように見える。どうしてなのか。イギリスの労働者は、イデオロギー的な階級闘争の外に降りてしまっており、すでにブルジョワ化していたからではないか。ドイツの労働者には、闘争する者に固有な理論的な先鋭性があったからではないか。

★5 向谷地生良『技法以前』医学書院、2009年、27-28頁。

 

 

トラックバック

http://igs-kankan.com/mt/mt-tb.cgi/930

コメント

「ピアサポートにおける専門家の役割は何なのか。」
とても関心があります。
私が今まで分からないで来たことはまさにそれだ!と思いました。

このページのトップへ